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啼く鳥の謳う物語  作者: フタトキ
はじまり
8/139

嘘と真

紅く燃えていた。

紅く、紅く、紅く。真紅は波打ち、夜空に輝く。

それは気味が悪いくらいに――美しかった。


うねり、空へと咆哮する大蛇のような火は全てを焼き付くすまで止まらない。


『許さない』


無機質な声で抑揚もなく呟いた。

『跡形もなく消してやる』

目の前で燃える建物とそれを見て立つ青年。茶色かった髪は炎の光を受けて紅く靡く。

『鎮魂歌は贈れないけど……灰にしてやることはできるよ。だから、安らかに天に昇れ』

崩れていく建物を前に青年は笑った。そして、先ほどとは明らかに違う声で天に向かって話しかけていた。

『ああ、報復だ』

無機質に戻った声でまた呟いた。そして、崩れ落ちた建物を背にこちらを向いた。

ゆっくりと歩いてくる。手を伸ばせば届きそうな距離に来たとき、青年が自分の見知った人間だと気付いた。

『やぁ』

感情のない声。何も写していない瞳。こちらに向かって微笑む彼は不気味だった。

そして、俺の横を通り過ぎた。






あお、あおってばぁ。


自分の腹に重量がかかり、さらさらとした感触が腕を伝う。

仄かにシャンプーの爽やかな香りがする。

「………………」

さらに重量がかかる。

息が詰まるのをぼんやりとした意識の中で感じ取る。

が、そろそろ辛くなってきた。

「うっ」

何かが自分の鼻の上を掠め、むずむずとしたそれにくしゃみをしそうになるが、眠りたいと言う潜在的意識が直ぐにその欲求を消し去った。

すると、何かの気配が顔の横に来る。

そして、

「あーおっ」

囁きと共に耳朶と鼓膜を風が撫でた。苦手を通り越して無理な所だ。ようは、気持ち悪い。

「っぁ!!!!」

条件反射で両耳を塞いで目を開けると、距離が15センチと満たない目前に彼がいた。

(さくら)!!」

火照る顔を腕で隠して睨む。

すると、同い年の彼はその美しい顔を歪ませた。

「酷いよ。僕は櫻って呼ばれるのヤなんだって言ってるでしょ?もう、どうして他人行儀なのかなー。ちゃんと名前で読んでよね」

(あおい)が親友である彼を校内で名字で呼んだ時に言われたことだった。女の子みたいで嫌だと。

容姿が既に女の子のようだ。と言うと脛を蹴られた記憶がある。

本当はそんな理由で『櫻』と呼ばれるのを嫌っているのではないと知っている。ただ、幼馴染と言えど、学校内で名前を呼ぶのがなんとなく気恥ずかしいのだ。

「悪かった。……千里(せんり)

「うん、あお。……あのさ、うなされてたけど、大丈夫?」

「多分」

答えておきながら、夢を思い出そうとした。鼓動は早鐘を打っているし、首筋も湿っぽい。嫌な夢だったとは思うが、詳細は思い出せなかった。夢なんて考えれば思い出せるものではないし、記憶を探るのは早々に諦めて、今の状況を冷静になって見てみる。

「……近い」

起きた時と変わらない位置に千里の顔があった。女性でも溜め息をつくような美形の男に至近距離から見詰められて恥ずかしさを覚える。

彼はその反応を楽しむように、わざとにやけた顔を近づけてきた。

「近いって!!」

冷静を装い、ベッドの上で馬乗りになっているルームメイトを退かすと、足元に転がった千里は嫌味な笑顔を浮かべる。

「男に迫られてどうだった?」

「うるさい」

櫻千里は葵が今まで会ってきた誰とも似つかないタイプ。

掴めない行動。口達者で食えない奴。素直なのか嫌がらせなのか、ドキッとさせるような言葉をよく言う。それでも、信頼できると言う点だけは間違いない。間違いないから、幼馴染で親友なのだ。

「今、何時?」

「2時半くらいだよ。そろそろおやつの時間」

カーテン越しに見える太陽は高かった。

「確か、夜中に部屋に戻ったから……10時間以上は寝てたんだ」

精神的にかなりのダメージを受けていたようだ。

「………………」

だるい体をゆっくりと起すと、千里が口をつぐんだままベッドの縁に座った。お喋りな彼が黙って他所を向いて座るとは……何か変だ。

「どうした?」

「違うよ。2日と10時間くらいだよ」

「2日!?」

千里に詰め寄ろうとして、体を急激に動かしてしまった。普段なら何ともない動作だったが、背骨が嫌な音を発てて激痛を惹き起こし、葵は堪らずにベッドに倒れた。

「そ、2日と10時間……15時間かな」

2日も寝ていたと言うのはショックだが、エネルギー不足を意識した途端に頭が働かなくなる。開いたままの口を取り敢えず閉め、取り敢えず、天井を見上げた。

すると、千里が長い髪を垂らしながら葵の顔を覗き込む。自らの唇に人差し指を当てて見下ろしてくるその姿は逆光もあって女の子のように見える。

「ぼくも吃驚したよ。本当に寝てるのかって思うぐらい反応がなかったし。お医者さんが大丈夫って言うから、どうにか信じてたけどさ」

途端に唇の両端が下がり、神妙な顔をした千里は言葉を続けた。


「洸が学校にいられなくなっちゃった」



洸祈(こうき)が何だって?」

「洸、ここ辞めるって」

「辞める?」

内容は全く信じられないのに、千里のその表情は本当のことを言っている時のものだった。

長い付き合いの中で嘘も本当も数えきれないくらい聞かされてきたが故に分かるのだ。

それに、心の片隅では何となくそうなる気がしていた。

深原(みはら)君だっけ?洸は苛められていた彼の変わりに仕返しをしたんだっけ?」

「そうだよ」

そう……俺は行き過ぎた苛めで大怪我をした深原蒼詩(そうし)を学校の診療所へ連れて行き、直ぐに現場に戻ると、一人で佇む双子の兄――洸祈を見付けた。そして、洸祈を自室に帰して自分は部屋に戻った。

虚ろな目をした洸祈から事情を問い質したところ、一言だけ『許さない』と。

「洸の強さじゃ、相手はこてんぱんにやられたんだろうね。でも、その相手は運悪くお偉いさんの一人息子」

「それで……」

学校側の取る行動は一つ。

崇弥(たかや)洸祈を退学させる。

元々、洸祈は授業をサボる邪魔な生徒だった。この機会に辞めさせることができて学校側は清々しているのだろう。

それに洸祈は乗った。

「第2、第3倉庫を爆破。死者はいなかったけど、苛めっ子は全治3ヵ月。2週間はベッドから出れないらしいよ。僕、璃央(りおう)先生と現場を見てきたけど……多分、倉庫の爆破は洸の仕業じゃない。嵌められたんだと思う」

そのまま口調を変えずに彼は続ける。

「そうそう、倉庫には猫の親子が住んでたんだ。今回の爆破に巻き込まれて……人間じゃなければ、動物の死は問題ないらしいね」

俺は千里から目を離して天井を見上げた。薄汚れた白い壁。人間の醜いところを表しているようだった。

「あお」

不意に千里が俺を呼んだ。

「何?」

「疲れてるでしょ?もう少し休んだら?」

「いや、大丈夫。それより……洸祈に会いに行かないと」

「大丈夫ねぇ。そーゆーのが疲れてるって言うの。その体で無理しないでよ」

起こそうとした体がミシミシと変な音を発てる。

「これ。僕が淹れたココアだよ。飲みなよ。その後でもいいでしょ?」

千里はいつの間にか持っていたココアの入ったカップを手渡してきた。

「有り難う」

軋む体を千里の支えもありながらゆっくりと起こし、飲む前に訊きたかったことを訊ねる。

「千里、授業は?行ってるのか?」

「あおが心配で心配で」

千里は判りやすく泣いている素振りを見せる。

「嘘つけ」

「嘘だよ」

あっさりと認めた。

「洸に頼まれて」

「何て?」

千里は窓の外から目を離してこっちを向いた。

話してくれるのかと思いきや、なかなか話してくれない。

「ココア飲まないの?」

全然関係の無いことを言って話を逸らすのはいつものこと。千里も話し辛いのだろう。甘く優しいココアの香りに喉の渇きを意識してしまったし、葵は素直に飲むことにした。

「飲むよ」

手で包んだカップは温かく、喉を通したココアは身に染みた。ゆっくりと熱が体に染み渡る。

「美味しい?」

「市販のココアだろ?不味い方が凄いよ」

「うわぁ、夢がない。確かにあおの言うとおりだけどさ。でも、ただのココアでも無いんだよ」

「へ?」

急に眠くなった。 自らの意思を通り越して睡魔は襲って来る。2日以上眠っていたのに、まだ眠り足りないと言うのか?

「…………何で……眠く……」

一瞬意識が途切れ、カップが指先をすり抜けるのを感じた。

「おっと!」

体を伸ばした千里は間一髪のところでカップを掴む。

「……さっき言ったこと……」

ただのココアでも無い――

「何か……入れた?」

返事はなく、ゆらゆらと朧気に揺れる視界の中で、千里がこちらを見て微笑んだ。

不敵に。意味有り気に。

「お休み、あお」

「……なぁ、千里…………」

伸ばした手は何も掴めずにベットに落ちる。

そして、意識は完全に闇に沈んだ。

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