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啼く鳥の謳う物語  作者: フタトキ
はじまり
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嘘と真

紅く燃えていた。

紅く、紅く、紅く。真紅は波打ち夜空に輝く。

それは気味が悪いくらいに…美しかった。


うねり、空へと咆哮する大蛇のような火は全てを焼き付くすまで止まらない。


『許さない』


無機質な声で抑揚もなしに呟いた。

『跡形もなく消してやる』

目の前で燃える建物、見て立つ青年。茶色かった髪は炎の光を受けて紅く靡く。

『鎮魂歌は贈れないけど…灰にしてやることはできるよ。安らかに天に昇れ』

崩れていく建物を前に青年は笑った。そして先ほどとは明らかに違う声で天に向かって話しかけていた。

『報復だ』

無機質に戻った声でまた呟いた。そして、崩れ落ちた建物を背にこちらを向いた。

ゆっくりと歩いてくる。手を伸ばせば届きそうな距離に来たとき、青年が自分の見知った人間だと気付いた。

『やぁ』

感情のない声、なにも写していない瞳。こちらに向かって微笑む彼は不気味だった。

そして、俺の横を通り過ぎた。






あお、あおってば~


自分の腹に重量がかかり、さらさらとした感触が腕を伝う。

仄かにシャンプーの爽やかな香りがする。

「………………」

さらに重量がかかる。

息が詰まるのをぼんやりとした意識の中で感じとる。

辛くなってきた。

「うっ」

さらさらとした何かが自分の鼻の上をかすり、くしゃみをしそうになるが眠りたいと言う潜在的意識がそれを消し去った。

すると何かの気配が顔の横に来る。

そして、

「あーちゃん」

囁きと耳元に風がやってきた。苦手を通り越して無理なところ。気持ち悪い。

「うわぁぁー」

風の侵入を防ぐため反射で両手が両耳を塞いで目を開けると15センチと満たない距離に彼がいた。

(さくら)!!」

火照る顔を腕で隠して睨む。

すると、同い年の彼はその美しい顔を歪ませた。

「酷いよ。僕は櫻って呼ばれるのヤなんだって言ってるでしょ。どうして他人行儀なのかな~。ちゃんと名前で読んでよ」

(あおい)が親友である彼を学校で名字で呼んだ時に言われたことだった。女の子みたいでヤだと。

容姿がすでに女の子のようだ。と言うと脛を蹴られた記憶がある。

本当はそんな理由で櫻と呼ばれるのを嫌っているのではないと知っている。

「…千里(せんり)

「うん、あお。うなされてたけど、大丈夫?」

「多分」

答えておきながら夢を思い出そうとした。嫌な夢なのは分かるが、詳細が思い出せなかった。そして、今の状況を冷静になって見てみる。

「…近い」

起きた時と変わらない位置に千里の顔があった。女性でも溜め息をつくような美形の男に恥ずかしさを覚える。

彼はその反応を楽しむようにわざとにやけた顔を近づけてきた。

「ち・か・い!!!」

理性をなんとか守り、馬乗りになっているルームメイトを退かすと、足元に転がった千里は嫌味な笑顔を浮かべた。

「男に迫られてどうだった?」

「うるさい」

千里は兄とはまた違ったタイプ。

掴めない行動、口達者で、食えない奴。素直なのか嫌がらせなのかドキッとさせるような言葉をよく言う。

「今何時?」

「見て分からない?2時半位だよ」

窓から見える太陽は高かった。

「確か夜中に部屋に戻ったから14時間は寝てたんだ…」

精神的にかなりのダメージを受けていたようだ。

「…………………」

だるい体をゆっくりと起すと千里が口を結んでベッドの縁に座った。

何か変だ。

「どうした?」

「違うよ。2日と14時間」

「2日!?」

千里に詰め寄ろうとして体を急激に動かしてしまった。

背骨が嫌な音をたて激痛を惹き起こし、堪らずベッドに倒れた。

「そ、2日と14時間」

逆に千里が詰め寄って来た。自らの唇に人差し指を当てるその格好は女の子みたいだった。

「驚きでしょ?本当に寝てるのかって思うぐらい反応がなかったよ」

閉じていた唇の両端が上がり、千里はさらに続ける。

「洸が行っちゃった」



洸祈(こうき)が何?」

「洸がここ辞めるって」

「辞める?」

一言一言が信じられないのに、千里の言葉は嘘じゃないと思ってしまう。

何となくそうなる気がしていたといっても過言ではなかった。

深原(みはら)君だっけ?洸は苛められた彼の変わりに仕返しをしたんだっけ?」

「そうだよ」

そう…俺は行き過ぎた苛めで大怪我をした蒼詩(そうし)を学校の治療所へ連れて行った後、一人佇む洸祈を見つけた。そして、洸祈を自室に帰して自分は部屋に戻った。

虚ろな目をした洸祈から事情を問だしたところ一言『許さない』と。

「洸の強さじゃ相手はこてんぱんにやられたんだろうね。でも、その相手は運悪くお偉いさんの一人息子」

「それで…」

学校側の取る行動は一つ。


崇弥洸祈(たかやこうき)を退学させる。


元々洸祈は授業をサボる邪魔な生徒だった。このきに辞めさせることができ清々しているのだろう。

それに洸祈は乗った。

「第2、第3倉庫を爆破。死者はいなかったけどその相手は全治1ヵ月。2週間はベッドから出れないらしいよ。僕、現場見てきたけど多分倉庫の爆破は洸の仕業じゃない。嵌められたんだと思う」

そのまま口調を変えずに彼は続ける。

「そうそう、倉庫には猫の親子が住んでたんだ。まぁ、今回の爆破に巻き込まれたらしいけど…人間じゃなければ動物の死は問題ないらしいね」

俺は千里から目を離して天井を見上げた。薄汚れた白い壁。人間の醜いところを表しているようだった。

「あお」

不意に千里が俺を呼んだ。

「ん?何?」

「疲れているんじゃないの?」

「いや、大丈夫。それより…洸祈に会いに行かないと」

「大丈夫ねぇ。そーゆーのが疲れているって言ってるの。その体で無理しないでよ」

起こそうとした体がミシミシと変な音を発てる。

「これ。僕が淹れたココアだよ。飲みなよ。その後でもいいでしょ?」

千里はいつの間にか持っていたココアの入ったカップを手渡してきた。

「有り難う」

ゆっくりと体を起こし、飲む前に訊きたかったことを訊ねる。

「千里、学校は?行かないのか?」

「あおが心配で心配で」

千里は判りやすく泣いている素振りを見せる。

「嘘つけ」

「嘘だよ」

あっさりと認めた。

「洸に頼まれて」

「何て?」

千里は窓の外から目を離してこっちを向いた。

話とくれるかと思いきや話してくれくれなかった。

「ココア飲まないの?」

全然関係の無いことを言って話を逸らすのはいつものこと。

「飲むよ」

手で包んだカップは温かく、喉を通したココアは身に染みた。ゆっくりと熱が体に染み渡る。

「美味しい?」

「市販のココアだろ?不味い方が凄いよ」

「うわぁ夢がない。確かにあおの言うとおりだけどさー。でもただのココアでも無いんだよ」

「へ?」

急に眠くなった。 自らの意思を通り越して睡魔は襲って来る。

「…何で眠く!!?」

一瞬意識が途切れ、カップがすり抜けるのを感じた。

「おっと!」

体を伸ばした千里は間一髪のところでカップを掴む。

「……さっき言ったこと…」

『でもただのココアでも無いんだよ』

それはつまり…

「何か入れた?」

カップを手のひらで包み、元の位置に戻った千里は意識が薄れていくこちらを見て微笑んだ。

不適に…意味有り気に…

「お休み、あお」

「…なぁ、千里……」

伸ばした手は何も掴めずにベットに落ちる。

そして…意識は完全に闇に沈んだ。

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