陽季
足を縛るワイヤーを。
手を縛るワイヤーを。
蛍光灯に照らされた彼の姿は無惨だった。
縛られていた手足には紅い線が這う。ワイシャツの釦は全て外れ、その肌に無数の噛まれた痕を残していた。
居たたまれなくなって陽季は釦を掛けてやると、ツゥと涙が流れ出した。涙は頬を伝って、釦を掛け終わった陽季の手に滴となって落ちる。
「…洸祈」
虚ろに開かれた緋の瞳。一切の感情を持たない顔。
ただ涙だけは流れ続けていた。
「抗っているのか?」
洸祈は答えない。しかし、溢れる涙は陽季には肯定を示しているように見えた。
洸祈は人形じゃない。
洸祈は人だ。
「洸祈、俺はお前を愛してるよ」
だから、戻って。
変わらない笑顔で笑って。
陽季は洸祈を優しく抱き締めた。片手で頭を撫で、片手でゆっくりと背中を摩ってあげる。
「…………愛……して…る?」
微かに彼はそう訊いてきた。陽季は驚くことをせずに応えてやる。
「愛してる。洸祈、愛してるよ」
「でも……俺は…汚れ…てる」
「洸祈の全てを愛してるよ。全部受け止めてやるから」
お前の過去も何もかも…
…―アイシテル―…
唇を重ねた。
洸祈を
愛してるよ。
全てを
愛してるよ。
陽季はたじろぐ洸祈を放さない。
戻るまで
決して放さない。
泣き止むまで決して放さない。
笑うまで決して放さない。
お前に会ったあの日から。
お前が俺を呼んだあの日から。
全てが始まったあの日から。
俺は洸祈を愛していたから。
洸祈が陽季を押し返した。
「は…るき」
俯いた体勢で洸祈は言う。そして、上げた瞳には光が差していた。
「…………ありがとう」
戻ってくれた。
泣き止んでくれた。
笑ってくれた。
「………俺も陽季を愛してる」
そう言った。
はにかむ洸祈。
これはかなり…
「…………………限界」
「んっ!!!!!」
陽季は洸祈を押し倒すと唇を強く重ねた。優しくなんてない…濃厚なキス。
苦しくなったらしい洸祈が覆い被さってくる陽季の背中を叩く。離してやると洸祈は早い呼吸をする。
「はっ、は、は、は、陽季っ!!」
「愛してる」
「はる…んっ!!」
放さない。お前だけは。
再び唇を重ねる。
暫くそうしていると洸祈は抵抗をやめて目を緩やかに閉じた。
琉雨ちゃんと似てる。と思いつつも陽季はその唇の味に酔いしれる。
が、それも束の間の話。
「はぁ、はぁ…大丈夫かー?陽坊ー?洸く…んっ!!……………キスぅぅ!!!!!!?」
双灯の登場。
肩で息する彼は目を剥いた。
「んーんー!!!!」
目を見開いた洸祈は顔を真っ赤にして陽季の胸板を叩く。陽季は双灯を横目で睨むと名残惜しそうに洸祈の唇を舐めて離れた。
「ちっ」
わざとらしい舌打ちをすると洸祈を抱き締めて体を上げてやる。陽季は悪さをした子供を愉快そうに見る目をして立ち尽くす双灯を見据えた。
「………………洸祈君、行こう。琉雨ちゃんが待ってるとこに」
と、双灯は洸祈の腕を掴んだ。
「あーあ、俺と洸祈の時間が」
「……双灯さん」
洸祈は真っ赤な顔を双灯から叛ける。
「洸祈、双灯は羨ましいんだよ。やよさんとキス出来ないでいるから」
ぐさり。
何処かで鳴った気がした。
「弥生さんのこと好きなんですか?」
すばり。
「うわあぁぁ!!!!!」
「ワンテンポ遅くて、全く意味をなしてないね」
陽季はつっこむ。
「おら、陽坊生意気なんだよ!」
「文句が?洸祈は俺の熱いキスを受け入れてくれたんだ」
“熱い”を強調。
「洸祈、琉雨ちゃんが俺を呼んだんだ。必死に」
「…琉雨」
洸祈は怒鳴った時のことを思い出して目を臥せた。
琉雨は俺のことを…
「迎えに行くんだろ?」
「あぁ」
陽季の言葉に洸祈は深く頷いた。
悔やんでいられない。