炎(3)
「……うっ……っ」
頭が重い。
「あぁら、お目覚め?」
首を回せば…
「え…ん」
暗がりに炎が机に座っていた。洸祈は今の状況を理解して後退る。
手と足が縛られてる。
洸祈はがむしゃらに手首を回すが、きっちり縛られていてびくともしなかった。
「何する気だよ」
「言ったでしょう?アナタを昔みたいに戻らせてあげるって」
机を降りた炎はベッドの上で壁に凭れている洸祈に寄ってきた。
「やめろ!近付くな!」
「やめて下さい。近付かないで下さい。でしょう?」
と、懐から取り出したのはライター。
炎の瞳は意地悪く歪み、洸祈の瞳は驚愕に見開かれる。
カチッという音と共に火が点いた。
朱の火。
揺れる紅。
「や……だ」
近付けられるそれから離れようと顔を叛けた。それを楽しむようにライターの位置をずらす。
「そう、アナタは火か嫌い。逃げられるなら何でもする。でしょう?清」
揺れる緋。
そこから滲む涙。
「ほら…清」
近付く火は彼の意志を奪っていく。
辛い。
恐い。
重い。
そして、唇が言葉を勝手に紡ぎだす。
「…………やめ…て…くだ……さい…炎様」
「良くできました」
ふふふと笑うと炎はライターを洸祈から遠ざけ、涙の溢れる目尻を舐めた。
「誰にも愛されない憐れな子。私がアナタを飼い殺してあげる」
耳元で炎は囁きながら片手で喉元を撫でる。
さぁ、準備は整った。
―彼を手に入れようか―
「アナタの名前は?」
壊れる。
「………せ…い」
「いい子」
炎が首筋に噛み付いた。何の抵抗もなしに洸祈はされるがままだ。
アナタを頂くわ。
「清、アナタは私の何かしら?」
全てが…
…―コワレル―…
「俺は―」
………―…モノです…―………
バン!!!!バキッ!
「洸祈いぃぃ!!!!!!!」
凄まじい音が響いたかと思うと何かが部屋に飛び込んできた。
「あら、邪魔者の登場ね」
愉快そうに言うと炎はライターの火を消して洸祈から離れた。何かは壁に凭れる洸祈の姿を確認すると炎との間に壁を造るように割り込んだ。
「オバサン、何用?」
「そういうがきんちょは大人の世界に何用で?」
沈黙。
「率直に言うよ、炎。洸祈は連れていかせない」
「清はまだ私のモノなの、夕霧」
炎は契約書をひらひらと見せ付ける。と、
「残念でした。洸祈は俺のなんだよ」
「は、戯れ言を」
そう、契約書はここに。
「館のおばちゃん、洸祈との契約料金の10倍出したら喜んで俺に契約書譲ったぜ。ま、当時の契約書は誰かに盗まれていてなかったから、おばちゃんがちゃんと役所に申請してくれた。つまり、その契約書はただの紙切れなんだよ」
「な!」
「俺がまた昔みたいにお前を殴る前に失せやがれ!二度と洸祈の前に現れるな!!!!!!」
空気が震える。
陽季は怒りを露にして叫んだ。刃物のように尖った目は炎を萎縮させる。
炎は舌打ちすると紙切れと化した契約書を畳み、陽季を見据えた。
「夕霧、私はいつか絶対に清を手に入れる。アナタは精々、人形になった清を檻に閉じ込めて愛でていればいいわ」
見せ付けるように掲げて契約書を破り捨てると背中を向けて部屋を出ていった。