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啼く鳥の謳う物語  作者: フタトキ
思い出に… (序章)
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護命鳥(3)

双蘭(そうらん)は先に帰り、(あおい)洸祈(こうき)琉雨(るう)の話を興奮気味に下で話している頃だろう。

ソファーに座る洸祈の腕の中で安らかな寝息を発てる琉雨。

隣に座る陽季(はるき)は琉雨を見下げた。

「琉雨ちゃんにはキス…俺には?」

「は?」

「キス。ないの?」

…………………………………。

「あるか!!」

洸祈の焦り声に琉雨が身を捩った。慌てて洸祈は口を閉じる。

「煩くしたら琉雨ちゃんが起きる」

「っ!!!」

怒鳴りたいのに怒鳴れない。正論を言う陽季を洸祈は眉をしかめて見るしかない。

「ねぇ、俺には?」

「ない」

「何で?」

「ない」

「不公平」

「第一、何で俺からキスをしてもらおうとするん………」

「な、何?」

洸祈は半開きの口のまま陽季をじっと見た。陽季は一瞬たじろぐ。

「首、ごめん」

洸祈は伸ばした手で陽季の首を撫でる。

「俺はお前の首を絞めたんだよな」

「洸祈」

陽季はその手を払おうとはせず、じっと動かない。

「俺のせいで」

「なぁ、洸祈。お前はどうしたらその気持ちが晴れる?」

真剣な目だ。

「俺はお前と友でありたい。だから、俺はお前の罪の意識の対象ではありたくないんだ」

洸祈の手を掴むとソファーに押し付けた。洸祈は目をぱちくりさせる。

「俺はお前を憎んだり恨んだりしてない。俺は死んでも死にかけてもない。なのに、会う度にお前が俺の首のこと気にしていたら俺が嫌だ」

「…………陽季」

「なぁ、お前はどうしたらその気持ちが晴れる?」

「どうしたらって」

「お前は俺に何して欲しい?」

「何もないけど」

と、シリアスだけど温かい雰囲気が流れていたところで、

「キスして欲しい?」

陽季がぶち壊した。

「欲しくない!」

「だったら何か言えよ」

詰め寄ってくる陽季。

洸祈は「じゃあ」と応えた。

扇舞(せんまい)、見たい」

「何で?」

どうしてと陽季は口を開ける。

「陽季の扇舞好きだから」

まるで自分が言われたかのように陽季は顔を真っ赤にした。

「……お金も払わずに見たいとは」

「払おうか?」

「いいよ。それで気が晴れるのなら」

陽季は首を左右に振る。そして、すくっと立ち上がると、着物の帯に挿してあった扇子を抜き取り、リビングで一番場所の開いているところにしゃがんだ。

洸祈は琉雨を抱えたまま見易い位置に移動する。

「流浪舞団『月華鈴(げっかりん)夕霧(ゆうぎり)

陽季は自らの字を言うと両手に持った扇子をぱさりと開いた。淡いオレンジの扇が映える。リンと扇子の柄についた組紐の先の鈴が鳴る。

舞台はフローリングの床のリビング。音楽も何もない。

なのに、その舞の美しさに目を奪われる。

陽季が舞う度に着物の裾は羽のようにひらひらと靡く。彼の白銀の髪がしなやかに波打ち、蛍光灯の光を反射させる。

…………………………………。

リン

パシッ

鈴が澄みきった音を奏で、扇子が閉じられた。

「…………………綺麗」

“凄い”ではない“綺麗”だ。あの頃とは全てが違う。

洸祈はその一言の後、余韻に浸って沈黙していた。

「舞、初めて見た」

「僕も」

「凄く綺麗でした」

葵と千里(せんり)(くれ)がリビングの入り口に立っていた。そして、盛大に拍手をする。

「ありがとうございます」

陽季はくるりと振り替えると片足を半歩下げて腰を曲げた。その姿から、まだ舞を見ているような気にさせられる。

「陽季」

洸祈は自分ももっと何かを言わなければと名を呼んでみた。

呼ばれて陽季は洸祈を見た。微かな足音を発てて洸祈に歩み寄る。洸祈の目の前に立ったところで「どうだった?」と感想を求めてきた。

「綺麗になったね」

舞が。

「それだけ?」

陽季は腰に扇子を挿すと、洸祈の両サイドのソファーの背凭れに手をついた。洸祈の目と鼻の先で訊ねる。

「それだけだけど」

しどろもどろに洸祈は答えると陽季はクスリと笑った。

「好きだよ。とかでいいのに」

いいわけあるか!

そこで洸祈は気付く。

逃げられない。

手には琉雨。両サイドには陽季の腕。正面には陽季。

洸祈は顔を赤くした。

「今更?」

にやりと陽季はほくそ笑む。

「陽季!!」

「気が晴れたようだし、舞の代金頂くね」

話が違う。

「何言って…………んっ!!!!」

あぁ、後ろから見ている3人には誤解されているのだろうな。

陽季は洸祈の左頬に軽くキスすると更に顔を近付けて囁いた。

「洸祈、キスが甘いよ」

それは耳から入って脳の動きを鈍らせ、ほんのり甘い彼の髪の匂いは体を痺れさせた。

熱い。

「クリスマスの公演、見に来いよ。皆お前に会いたがってる」

陽季は顔を上げると茫然とする葵達に挨拶をしてリビングを出ていった。

「あ~」

洸祈は唸った。



「洸祈と陽季さんがキス」

「洸と陽季さんがキス」

「洸兄ちゃんと陽季さんがキス」

「違う!!!!キスしてない!」

洸祈が呻くと琉雨が身を捩った。

「じゃあさっきのは何さ?キスじゃなくて挨拶。とでも言うの?」

千里が洸祈を睨む。

「陽季は俺の頬に……その」

「キスした、と」

葵の瞳が冷たい。

「下手な嘘ですね」

呉が微笑する。

「嘘じゃないって!陽季に訊いてみろよ!!」

…………………………………。

「洸祈面白いね」

葵が吹き出す。

「洸可愛いね」

千里が背中を曲げて盛大に笑う。

「洸兄ちゃん流石です」

呉の中では納得しきれているようだが何が流石か分からない。

「何なんだよ、今日は……」

琉雨の柔らかな髪を撫でながら洸祈は呻いた。

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