表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
啼く鳥の謳う物語  作者: フタトキ
思い出に… (序章)
71/139

護命鳥

カラン

ドアの飾りが軽やかな音を発てた。

洸祈(こうき)を覗いた用心屋のお馴染みメンバー4人は雑誌のクイズ欄と睨めっこしていた。

「お客さんかな?」

応接室のドアに一番近い(あおい)は英和辞典片手にぽつりと呟いた。店主、洸祈はというと愛用の揺り椅子で気持ち良さそうに寝ていた。

「さぁ?あお、早く調べてよ。あぶすてぃねんす?」

葵は千里(せんり)が指した箇所を一瞬だけ見ると、辞書も使わずにすらすらと答える。

「abstinenceその文からすると意味は禁酒じゃないか?」

「禁酒ね」

千里は雑誌に目を向けながら答えた。

「するとここはウワキでしょうか?」

(くれ)琉雨(るう)の横から首を伸ばす。

「フリンもいけるよ~?」

琉雨はほらと解答欄を指差した。

「う~ん、問題選択を間違えたね。一先ず保留にしよっか」

千里はそう言うとシャープペンを手のひらの上で器用に回転させ、ウワキとフリンの言葉を相変わらずの汚い字で余白に書いた。


応接室のドアが開いて、中から顔を覗かせたのは、ストレートの長い黒髪の女性だった。

耳元から覗く蝶をあしらった綺麗な髪飾り。体のラインがはっきりする長い薄手のワンピース。開いた胸元からは谷間が見え、顔を上げていた葵は慌てて目を逸らした。

「あら」

最初は別の何かに目をしばたかせた彼女だが、葵の行動の意図することを知って微笑んだ。

「ん?どうしたの?あお」

千里が顔を上げた時にはその女性は寝ている洸祈に近付いていた。彼女は洸祈の寝顔をいとおしそうに見詰めると白い腕を伸ばして洸祈を後ろから抱き締めた。

その瞬間を見ていた4人は仲良く口をあんぐり開けた。

「ウワキ?フリン?」

やがて千里が呟いた。



洸祈は重たい瞼を開けた。さらさらと首元を何かが通り抜ける感触がしたからだ。

真っ先に目に入るのは唖然とする4人の従業員達。

「どうした?」

洸祈は目を擦りながら訊ねる。

「いい男になったねぇ」

控え目な甘い香りが洸祈の鼻をくすぐった。この声、この匂い…

双蘭(そうらん)さん!?」

見上げればそこには昔と寸分変わらぬ双蘭の姿があった。

「久しぶりねぇ、洸祈。何年振りかしら?」




………………………………。


洸祈が双蘭という名の妙齢のお姉さんを二階に連れていってからはや15分。

「気になるな」

「気になるねー」

「気になります~」

「気になりますね」

葵、千里、琉雨、呉は二階へと上がる階段の途中に潜伏していた。一番上段にいる葵は微かに聞こえる笑い声の耐えないリビングを睨む。

「洸祈達リビングに居る」

「あお、音発てないようにね」

「百も承知だ」

その後ろにつく千里に葵は親指を立てた。

「似合わなっ」

千里の呟きが葵を前進させた。


『―あの子立派な舞妓になったのよ』

「あの子って、あの女の人子持ち!?」

千里の言葉の意味することを知って弟の葵はリビングのドアから目を叛けた。

『そうなんですか』

『洸祈がうちを去ってから妙に練習張り切って、双灯(そうひ)が見兼ねて2日間謹慎させるぐらい…そのお陰か陽季(はるき)、最年少で大扇舞、陽季の得意とする扇舞の中で一番難しいの、それが出来るようになったのよ』

「ソウヒってあのお姉さんの夫の名前でしょうか」

「旦那様、家庭がある女の人をだぶらかしているんですか!」

「そんなっ」と琉雨が手で顔を隠す。

「琉雨、何処で覚えたのその言葉」

「旦那様がよく見る刑事ドラマですっ」

「…そう」

葵は表面上は苦笑で済ませたが、内面は洸祈への怒りで一杯だった。

『…へ、へぇ』

『あら、赤くなっちゃって。陽季が気になるのかしらねぇ?』

「ハルキって男だよね!?洸、あのお姉さんの息子さんに手を出そうとしてるの!?」

「いや、ハルキちゃんかもしれない」

『いえ!双蘭さんが近いからです!!』

『私を押し退けるなんて、ちょっぴり生意気になっちゃって』

「あのお姉さんには夫がいて、洸兄ちゃんにたぶらかされていて、洸兄ちゃんは息子だか娘に手を出そうとしてて…複雑な人間関係ですね」

「世の中の負だね~。洸みたいな人になっちゃいけないよ、呉」

千里はよしよしと呉の頭を撫でた。琉雨は旦那様の醜態に瞳を潤ませる。

「だんなしゃま、不純です~」

遂には琉雨は泣き出した。

「大丈夫。俺が洸祈の目を醒まさせるから」

葵は握った拳を震わせるとすくっと立ち上がった。

「あお?」

「我慢の限界だ」




『さ、寒くないんですか?』

『大丈夫よ。双灯が運転してきた車に乗って来たから』

『双灯さん免許を?』

『そうよー。知らなかった?私達の移動は双灯と菊菜(きくな)が運転する大型車2台なのよ』

『菊菜さんも!?』

『気になるのはそこ?私は双灯の運転する車に乗ってきたのよ。12月25日までの1ヶ月間、私達月華鈴はここ東京で公演するのよ』

『つまり…』

バン!!!!!!


「洸祈!!!!!我慢の限界だよ!!」

リビングのドアが盛大な音を発てて開き、葵が声を荒げた。

「葵?」

ソファーの辺りから聞こえる洸祈の声。

「!!」

ソファーに歩み寄った葵は絶句した。後ろから顔を出した3人も同様に言葉を失う。

ソファーに寝転ぶ洸祈。跨ぐようにして膝を立てているのは姉御肌の双蘭。

「ひゃっ」

「もぐっ」

叫びかける琉雨と呉の口を千里は手で塞いだ。

「たぶらかされていたのは洸?」

千里が凄い形相で洸祈を睨む。

「は?」

首を傾げる洸祈の顔の横に手をついた双蘭は妖艶な笑みを浮かべた。

「ちょっと、双蘭さん」

洸祈は眉をしかめて近付く双蘭の華奢な肩を押し返す。

「この子達には刺激が強過ぎたかしら」

長い黒髪を払うと洸祈から降りて葵達にウインクをした。

「そんなことより、1ヶ月間ここで公演ってことは…」

体を起こすと洸祈は何もなかったかのように話を続けた。双蘭は伸びをすると、くるりとその場で一回転した。艶のある黒髪とスカートが円を描く。

「洸祈の居場所は団員全員に通達済みよ」

「っ!!!!」

洸祈は突然顔を火照らすとソファーから立ち上がった。食事用テーブルの上に置いてあった自分の財布を乱暴に掴むと「もう店閉める。今日、俺外で泊まるから」と短く言って階下へ降りて行った。

「コンニチは、洸祈の大切な人達」

双蘭は硬直状態の4人に微笑んだ。

「お姉さん、不倫ですか?」

沈黙を破ったのは千里。彼は双蘭の拳骨を食らった。








あぁ…


相変わらずの白い肌に整った顔立ち。絹糸のように細い銀髪。

「洸祈、俺から逃げる気なわけ?」

着物を着込んだ陽季は洸祈の握った財布と肩に掛かったままのコートを見てから洸祈ににじり寄った。

「は、陽季!!」

ドアを塞がれて洸祈は後退るしかない。

「お、俺達がまた会うのは俺もお前も幸せになった時だろ?」

「ふ~ん」と陽季は下から洸祈を見上げる。

「俺は立派な舞妓になった。お前は幸せだと反応が面白い司野由宇麻(しのゆうま)さんに聞いたよ。無理矢理じゃない。率直にどう思うか訊いた。あいつは十分幸せ者や。ってね」

「っ!!」

トンッ

洸祈の背中が壁につく。残された道は…横にある応接室へのドアを開けようとして阻止された。

バン

「そうやって逃げようとするってことは…。洸祈、聞け。……………お前は幸せか?」

頭の両サイドを陽季は手で塞いで洸祈の身動きを取れなくすると、真剣な眼差しで洸祈を見た。

「…陽季、俺より背が高くなってる」

「おい!洸祈!!答えないなら俺はお前は幸せだと見なす」

「…陽季」

洸祈の顔が赤い。

「洸祈!お前は幸せなのか?」

陽季は洸祈に詰め寄った。洸祈は瞳を一瞬潤ませると小さく口を開いた。

「………………幸せ……だ」

「洸祈!?」


―深い緋の瞳から一筋の涙が溢れた―

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ