月華鈴(2.5)
―そんな逃げの体勢の陽季に謝られたって俺は納得出来ない―
「洸祈君、男前だな」
双灯は一人うんうんと頷いた。
「先輩も見習ったらどうですか?」
そんな双灯の横で胡鳥が囁いた。
「胡鳥ー。お前、最近陽坊に似てきたな」
「そーですか?」胡鳥は呆けた声で返す。
「でも、胡鳥の言ったこと言えてるねぇ。双灯は見習うべきだよ」
そこに双蘭が静かに現れた。双灯は不貞腐れる振りをする。
「蘭にまで見放された俺の見方は何処にいるんだ」
「私がなろっか?」
「やよちゃん!?」
「先輩危ないですよ」
弥生の登場に過剰反応した双灯は片膝をつくというアンバランスな体勢を崩しかけて胡鳥がすかさず支えた。
「皆も聞こえたからここへ?」
「菊ちゃんも?」
続々と集まって来る月華鈴のメンバー。双灯は菊菜に手を振る。
「まぁね」
菊菜が弥生の横に片膝をついた。
「双灯、押さないでよ」
双蘭が双灯の脇腹をつついた。
「仕方がないだろ。やよちゃん狭くない?」
飛び上がりそうになるのを抑えて双灯は弥生を見下ろす。
「大丈夫ですよ……ひゃっ!!」
弥生が笑顔で見上げたその時、足の痺れがきてぐらりと傾いた。
「あっ、弥生さん危ない!」
そこをすかさず胡鳥が支える。
「胡鳥さんありがと」
弥生が微笑み、胡鳥が微笑み返した。
微笑ましい…とは思えない人が一人。
「胡鳥、先輩を差し置いて!」
弥生を真ん中に挟んで双灯が胡鳥にしかめっ面をした。
「双灯煩い。聞こえちゃう」
菊菜が双灯を見ずに全神経を聴覚に集中させて言う。
「菊ちゃん。これは重要なことだよ」
双灯が冷静に言い返した。
洸祈の男前な台詞に惹かれて洸祈と陽季の部屋の前にやって来たのは両隣の部屋を使っている双灯、胡鳥だけではなかった。
その他一連の事件を知る双蘭、弥生、菊菜もちゃんとやって来たのだった。
現在二人の部屋のドアの前を占領するのはその5人だ。壁1枚を挟んで向こうの状況を知ろうとしていたりする。少なくとも心配なだけではないだろう。何らかの負の感情が裏に隠れているはずだ。
そんな不純な大人達に気付かずに悩む子供達は会話を続けていた。
壁の向こうから盛れた嗚咽の混じった声。
…―洸祈はいつか家に帰るんだよな―…
一同の囁き声、身振り、息遣い…全てが止まったように感じられた。
誰も互いの目を見ようとしない。
「ずっと…なわけないんだよな」
双灯が長い沈黙を破る。すると彼の頭を双蘭が抱えた。
「ら、蘭。何!?」
「馬鹿。ずっとなんて言うんじゃないよ!一番言いたいのは陽季なんだから!」
腕の中でもがく双灯をさらにキツく抱き締め、双蘭は押し殺し切れない気持ちを言葉に乗せる。
「ごめん」
それから双灯は押し黙った。