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啼く鳥の謳う物語  作者: フタトキ
思い出に… (序章)
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月華鈴(2)

あれからまだ俺はあいつに謝れていない。

「俺、駄目だ」

「陽坊、悩み多き年頃なんだな」

ここは宿前のベンチ。

缶ジュースから一口飲んでから呟いた陽季(はるき)の隣に双灯(そうひ)が腰を降ろした。

「双灯に言われたくない。やよさんのこと…」

「うっせー」

双灯はひっそりと弥生(やよい)に思いを寄せていたりする。その事を言おうとしたら双灯が陽季の口をふさいだ。

「あら、なーにー?」

「やよちゃん!」

と、そこに話の中心の弥生がひょっこり現れ、双灯は看板スターの堂々さを忘れてあたふたした。

「男同士の密談です」

一応、同じ悩み多き者としてすかさず陽季は双灯に助け船を出す。

「そうそう」

双灯が怪しげな手振りで必死に合わせる。

洸祈(こうき)君のことかしら。陽季君、関係が拗れる前に謝るんだよ」

弥生が陽季の胸中を透視したかのように的確な発言をした。

「………………分かってます」

「おら、陽坊。やよちゃんに失礼だぞ」

「双灯も自分のことで一杯一杯のくせに」

陽季と双灯、二人の間に軽く火花が散る。

似た者同士なのね。弥生は苦笑した。

「密談のお邪魔して悪かったわね。私は退散するとするね」

二人に手を振って弥生は宿に入って行った。そんな彼女の姿を双灯はいとおしく見ていた。

「なぁ、陽坊ー。俺、見込みあるか?」

「知るかよ」

真剣な表情でぽつりと溢す双灯の姿に少し苛つき、陽季は手の内にある飲み掛けの缶ジュースに目線を落として、抑揚なしに応えた。


陽季がそっと開けたドアの向こうには洸祈がベッドに横たわっていた。

腕で顔を隠し、動かない洸祈を見て陽季は小さく彼の名前を呼んでみた。

「…洸祈」

しかし、その言葉はぼんやりしていた洸祈には届かず、彼は呟いていた。

「天に祀りし災灰陣……『空間幻影』」

次の瞬間、陽季は何も見えなくなり、突然のことに慌てて何もないはずの床に転んだ。

「!……って」

「あれ、陽季いたの!?ごめん、気付かなかった……奪」

ベッドを軋ませて、洸祈が微かな衣擦れの音と共に近づいてくるのを陽季は感じた。

「今見えるようにするから……これ持って」

洸祈は陽季の腕を掴むとその手のひらに一枚の陣紙を置いた。

「握って」

それを握るよう洸祈は陽季に促すが彼は一向にしなかった。

「…待って。俺、お前に謝りたいんだ。お前の顔見て言うの恥ずかしくて出来なくて…聞いて」

「矢駄」

「へ?」

間もなくきっぱり拒否された陽季は間抜けな声を出した。

「いーやーだ!謝るのに相手の顔を見ないなんて卑怯だ。俺は陽季を見ているのに。そんな逃げの体勢の陽季に謝られたって俺は納得出来ない!」

上下左右全ての部屋に響くような大音量。

洸祈は陽季の手を掴むと無理矢理陣紙を掴ませた。

「奪!」

陽季の目の前に窓からの夕陽を背にした洸祈が映る。一瞬見せた表情は泣きそうだった。

「陽季、言いたいことあるんでしょ」

「その…あの」と、中身のない言葉を連発していたが、洸祈が真剣な顔で見るのでやがて陽季は息を飲み込むと意を決して洸祈を見詰めた。

「昼はごめん!洸祈に褒められて……恥ずかしかった」

「何で恥ずかしいわけ?」

洸祈が悪びれずに訊いてくる。

「俺の謝罪に口出すな!」

その一言で急場を陽季は取り繕う。

「あと、ありがと。褒められて嬉しかった」

両目を右往左往させたが最後は洸祈の目を見て陽季は言い切った。

「じゃあ、俺からも。俺のせいで陽季に怪我させちゃった。ごめん」

強かに打った額を洸祈は撫でた。陽季は擽ったそうに首を竦め、そんなことよりと直ぐに洸祈の手を払った。

「…さっきの」

「さっきの?」

惚けたように洸祈は目を逸らして言う。

「目を見ろよ。卑怯だぞ」

さっきお前が言ったくせに。

「謝った時は見てた」

洸祈が言い返す。確かにそうだ。洸祈は謝るのに相手の顔を見ないなんて卑怯だと言ったのだ。

これは謝罪じゃないそう言いたいのだ。

「怪我させたくせに」

陽季はこれ見よがしに額を押さえる。

あー、分かったよ。と溜め息を吐くと陽季の目を洸祈は見た。

「………俺の現実逃避。時々やる」

「現実逃避…」

俺のことでかと陽季は言葉を失う。

それを察して洸祈は慌てて付け加えた。

「陽季のことじゃない。そりゃ陽季があんな態度とった理由分からなくて悩んだけど……。俺が友にしてしまったこと考えてた」

微量の光さえない深い闇の底で洸祈は何を思うのだろう。

「………………洸祈はいつか家に帰るんだよな」

「気持ちの整理がついたら…少なくとも月華鈴の皆がここにいる間は俺は月華鈴の者として精一杯手伝うつもりだよ」

陽季は両手で顔を覆い、困惑する洸祈を置いて頼りない足取りで自分のベッドに俯せに倒れ込んだ。

今の自分の顔を見せては不味い。多分、我が儘な顔をしている。

―行かないでと―

「は、陽季!?」

「Please wait…」

陽季は消え入りそうな声でゆるゆると呟いた。

「うん」

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