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隣の人。(2.5)

ダダダダダ…

バン!

襖を勢い良く開けると片手に枕、もう片手に毛布でキョロキョロと部屋を見回し、うん。と頷いて無人のベッドにダイブした。持ってきた毛布を適当に元々あった毛布の上に乗せ、持ってきた枕片手にその中に潜り込む。

「寝よ」

の掛け声をして目を閉じると、一気に睡魔が押し寄せてきて、意識を手放した。


「おい…おい、千里(せんり)

「…僕は“おいせんり”じゃないよ~」

「“おいせんり”じゃない!お、い、千里!」

温もりという名の衣を剥がされて千里は縮こまった。

「寒いー」

「俺が寒いんだよ!」

温もりを求めてさ迷う千里の右手を(あおい)はぴしゃりと打つ。

「何で千里が俺の部屋にいる!?それも、勝手に人のベッドで寝やがって!」

葵がトイレから帰るとベッドに不審者がいた。

「あお、口ワル~。僕、あんな所じゃ寝れないよ。見渡す限りの本!枕元に本の山!僕を殺す気!?」

一気に捲し立てると千里は葵の掴んでいる毛布をかっ浚って体に巻き付ける。

ぶちっ

葵の脳内の線が切れた。こんな奴構っていられない。

紫紋(しもん)と一緒に寝る!」

葵は宣言すると自分の枕と毛布を掴んだ。

「紫紋が可哀想だよ」

「お前が俺のベッド使わなきゃいいんだよ!」

閉めようとした襖の間から覗いた千里の顔は寂しそうだった。

「またあんな顔して…」

葵は冷えた廊下をずんずん進んだ。


…―寒い―…


紫紋に事情を話すと―序でに夕方のことも説明しておく―快くOKをくれた。紫紋の部屋にあった予備の敷き布団を借りる。

「葵様、お休みなさい」

「うん。お休みなさい」



…―寒い―…


黒い大きな影が衣擦れの音と共に動いた。



あの表情。苛々して眠れない。葵は数十回目になる寝返りをうった。

どうして千里は寂しそうな顔をしたんだ?

今日のあいつはおかしい。予定外の訪問。それに、あんな風に哲学めいたことを言うなんて…

『僕は自力で答えを探す。あおは?』

「自力で探さなきゃいけない」

多分、あいつの気持ちの問題。

今日のあいつは…

「今日…」

確か今日は……問題は“今日”なのか。

葵は毛布をはね除けると紫紋の部屋を飛び出した。



ベッドは空で、枕だけが残されていた。

「何処に行ったんだよ」





「……寒い」

千里は息を吐いた。

三日月が手入れの行き届いた庭を照らす。

寒気を感じて、毛布からはみ出ていた足を引っ込めた。そして、毛布を手繰り寄せる。

暫くじっとしていると毛布の重さから肩が凝ったので千里はぽてっと体を倒した。縁側の床につくはずの頭は固い何かにぶつかり、瘤からチクリと痛みが走る。上へと伸びる何かを千里は見上げた。

「……あ…お?どうしてここに…紫紋と一緒に寝るんじゃなかったの?」

葵は答えずに、呆然とする千里の横に足を庭に投げ出して座った。徐に息を吐くと、葵は千里を見た。

「今日は柚里(ゆり)さんの命日だろ。寂しいのか?」

感情の失せた千里の横顔がぴくりと反応する。長い間誰も何も言わなかった。

やがて千里が口を開いた。

「……あおと真奈さん見てたら、頭の中、父さんで一杯になった。命日だからこそ父さんのこと意識して。あおのこと羨ましくなって。そのたんびに喪失感に襲われて…!」

千里は溜まったものを空へ吐き出す。その瞬間から彼の感情の波は抑えようもないものになっていた。

「あぁ、そうだよ!!」

空気が震える。

「ここに居ると寂しくなるんだよ!人恋しくなるんだよ!家族の温もりが欲しくて、…でも、あおは気付いてくれなくて…気付くはずもないのに!!」

千里は庭を鋭い眼差しで見詰めた。

「そんなの分かってるけどボクからは言えなかった!あおはきっと嫌がるから!!」

そんな彼は決して葵を見ない。まるで見たら全てが壊れてしまうかのように。

「…せん」

葵の言葉を千里は遮った。

「だから!!!!だから、独りになろうとしたんだ!!あおのベッドにいるとあおを欲してしまう!独りなら誰も欲せないから諦められるんだ!!!こんな気持ちになるならここにやって来なきゃ良かった。由宇麻の家でお酒でも飲んでれば良かった。何もかも忘れてれば良かった」

調子が狂うよ。最後にそう呟いた。

千里は毛布から手を離すと、すくっと立ち上がった。ぱさりと毛布が冷たい床に広がる。

「千里?」

「帰る」

きっぱりと彼は言った。

「帰るって今何時だか分かってるのか?」

「分かってる」

「電車も動いてないのにどうやって帰るんだ?」

葵は千里の堅さに狼狽しながら訊ねた。

「歩いて」

「一体何時間かかると思ってんだ!」

「何時間かかったっていい。僕はここに居れない」

無茶だけど千里は本気だ。彼は「返してくる」と毛布を手繰り寄せると、毛布を抱えて葵に背中を向けた。

千里はこんなに寒くて暗い中を独りで歩いて帰ろうとしている。

俺は止めなくていいのか?

―千里は俺の親友で、俺は千里の親友だろ!?―

葵は千里の腕を掴んでいた。考えていたら無意識のうちにだ。


「っ…千里!俺の温もりやるよ!!」

千里が止まった。何も言わずにそこに立つ。

「寂しいなら俺が傍にいてやるから!人恋しいなら俺が沢山面白い話してやるから!だから、泣かないでくれよ!!!!」

葵は言ってから気付いた。

陽気で掴めない性格。

嫌がらせが好きでいつも人を弄り、繊細で人一倍プライドの高い千里が泣いている。

「…僕泣いてないよ」

千里は力が抜けたようにストンとそこに膝をついた。





襖の向こうは未知の世界でした…

紫紋は絶句した。

葵様の部屋に洸祈様の部屋にいるはずの千里様がいます。それも、ベッドで二人仲良く寝てます。

「んっ」

葵が小さく呻いた。そして膝を曲げて踞る。

葵様は千里様に毛布が奪われて寒そうです。

千里が幸せそうな顔で手を伸ばし、葵の上に被さった。葵は重さで顔をしかめたが、温かさを感じて千里にかかっていた毛布を掴んで引き寄せた。

起こしてもよいのでしょうか。でも、真奈殿には呼ぶよう言われましたし…

「…………………そ、その…葵様、千里様、朝食です」

僕、言っちゃいました。

千里が目を擦りながら顔を上げた。そして、朝日を背に立つ紫紋を眩しそうに見る。

ぱたり

あれ?千里様寝ちゃいました。どうしましょう。

「紫紋君どうかしたの?」

真奈殿!

「それが、その……僕は起こしてもよいのでしょうか」

真奈は首を傾けた。そして、葵の部屋を覗き込んだ。

「真奈殿?」

反応がありません。

「私が二人を起こしますから、紫紋君は乃杜(のと)君と春鳴(しゅんめい)ちゃんを起こしてきなさいな」

「はい」

紫紋が踵を返すと真奈は葵の部屋にすっと入った。

一体どうするのだろう。


「起きなさい、二人とも!!!!人前でそういった行動は控えなさい!」

ゴン

真奈殿の鉄拳制裁でした。

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