壊れた人と最高傑作(2)
先に言って置くけど、詳しい事情は聞かないで欲しい。
遊杏は機械みたいなものなんだ。
機械はどんなに頑丈に精密に造られていても、使い続ければ何処か狂ってくる。
だから人は定期的にメンテナンスをするだろう?
ピアノの調律みたいに。
こいつもそうで、そのメンテナンスには魔力が必要。それも、遊杏という存在を残すにはメンテナンス終了まで持つぐらいの膨大な魔力が必要なんだ。
そこで崇弥にお願いしたいんだ。このままじゃ遊杏が壊れてしまう。こいつのは一つ壊れたら直せるとか入れ替えられるとかじゃないんだ。一つ一つが一点物…いや…こいつは生きているから…。
だからお願いだ。
こいつを治してくれ。
「にー…?」
額を軽く撫でれば遊杏は目を覚ます。
「僕はここだよ、遊杏…準備は整ったから服をいい?」
陣の中心。
ふらりと傾く彼女を支えて立たせると訊いた。
「いいよ。にー、ありがとう」
未発達の身体を遊杏は二之宮の前に晒す。しかし、彼女の笑みは絶えることはなかった。
「まだありがとうは早いよ。だけど、どういたしまして」
そんな彼女を愛しそうに抱き締めた二之宮はそっと離れた。
「崇弥、よろしく」
「分かった。二之宮、お前も休めよ」
「終わってからね」
壁に凭れてじっと洸祈を見詰める。洸祈も見詰め返した。
そして…
「あのさ…ろ―」
「お願いだから途中で倒れないでくれよ」
再び洸祈を遮って二之宮は首を傾げる遊杏に顔を向けた。
開いた左手のひら。
洸祈はそこを握ったナイフで一閃した。
直ぐに血が溢れ出てきて陣の上に落ちる。そして、その手を気にするでもなく陣に突いた。
「解析」
洸祈の言葉と共に陣が白く光り、遊杏の紺の瞳が黒く光を失った。そして、床を流れる洸祈の血は白い分子と化しては消える。
「解析終了」
そして、輝きを失った機械のような声が遊杏から発せられた。
「こ…うせい」
洸祈は俯き耐える。
光は白から青へ。
無重力状態のように長い髪が宙に揺れ、陣の光を遊杏の肌は反射した。
「構成終了」
そして、遊杏は返す。
「交換……っ」
傾き掛けた体をどうにか支えて、洸祈は魔力の安定に集中した。不安定な魔力は遊杏の命を危険に晒す。
依頼人の要望に応えるのが請け負う者の義務だ。
何分…いや…何時間経った?
…………………………………。
「…交換終了……通常起動します」
遊杏の瞳は青く光を取り戻し、反対に陣はじわじわとその光を消した。
「おわ…った?」
「ありがとう、崇弥」
二之宮の手のひらがボーッとした洸祈の頭に乗っかり、
「蓮…」
「……あ…本当にありがとう」
ぱっと手を離した。
…………………………………。
二人はただただじっと見合う。
と…
「にー!!」
そんな二之宮に遊杏はぎゅっと飛び付いた。
「遊杏、もう大丈夫か?」
少女の頭を撫で付けて訊く。
「うん!」
先程と変わって、元気溌剌な彼女を二之宮は抱っこした。遊杏は笑って身を寄せる。
「良かった」
二之宮から満面の笑顔が溢れた。
「あ…笑った」
ポツリと洸祈は呟くだけ。
「旦那様、お仕事終わりましたか?」
応接室の倉庫に琉雨がひょっこり顔を出した。緩やかにウェーブした髪が揺れる。
「終わった。琉雨、こっちにこい」
「はひ?どうしましたか?」
何を思い付いたのか手招きする洸祈の前に琉雨が立った。
「…………………」
洸祈はじっと琉雨を見詰めると、遊杏とじゃれる二之宮をちらと見て琉雨を抱き寄せた。
「はう!旦那様、どうしたんですか!?」
くっついて離れない洸祈。
「なんか羨ましいから」
と…
一言。
「はう~」
ほんのり赤い頬の琉雨は何よりも可愛い。
「ボクチャンは遊杏だよ。遊ぶに杏。よろしくね、うーちゃん!」
「うーちゃん…ですか?」
「兎のうーちゃん!」
安易な。
「ごめんねぇ。遊杏は人を区別する能力に欠けていて、特徴を渾名にしないと覚えられないんだ。僕はお兄ちゃんだからにーだよ」
二之宮は紅茶を啜った。
「それで、ありがとう、くぅちゃんっ」
二之宮の膝で丸まった彼女は琉雨の用意したチーズケーキを一口で食べきり、温い紅茶で流し込む。なんか勿体ない。
「うん。それで?」
洸祈は当たり前のように先を促し、
「くーかー寝てるからくぅちゃん!」
当たり前のように答えられた。
安易な。
父さんの友人並みの名付け方だ。因みにその人は現在、行方不明。まぁ、昔からその人は神出鬼没の浮浪者みたいなものだったが。と思い出してみる。
「じゃあお前は“餓鬼”な」
「いいよ~」
遊杏は気にしてなかった。
なんだか自分がつまらなく見えてくる洸祈。と、
「ねぇキミ、僕を怒らせたいのかい?」
凄い形相の二之宮。と、
「杏ちゃん、チーズケーキまだありますよ」
楽しそうに笑う琉雨。
「分かったよ………“杏”な」
「うん!」