壊れた人と最高傑作
「ここだ…」
くすんだ金髪に同じ色と紺のオッド・アイ。
青年はその瞳を細めて腕の中の少女を優しく抱き締めた。
「直ぐに治してやるから」
跳ねた長い茶髪が風に乗って微かに揺れる。
「…にー…無茶は駄目だよ…」
「喋るな…寝てるんだ」
お願いだから。
額の冷却シートを撫でて青年は懇願するように顔を歪めて囁く。少女は青年と同じ深い紺で見詰めて笑むと、コクりと頷いて目を閉じた。
からん。
軽やかな木のぶつかり合う音。開いた扉から生暖かい春風が入り込んだ。
一直線に長い廊下を照らすのは入り口の扉の硝子からの光と柔らかなオレンジの小さな電球。薄暗いそこを足早に進むと、右手に見えてきたのは磨り硝子のドア。その向こうはこちらよりも微かに明るい。
ぎいっ。
木の軋む音。
静まり返った店内に小さな寝息が響く。揺り椅子の背凭れに体を預け、膝に白兎を乗せた青年が一人。
「………………洸祈…」
近寄り、その青年の柔らかそうな前髪を掴んだ。
「いっ!!!!?」
………………………ぱちくり。
痛みで開いた目蓋から覗くのは緋色の瞳。
そして…
「れ…ん?」
「僕は二之宮蓮。早急に君に仕事を頼みたい」
二之宮は洸祈を睨むようにじっと見詰める。
「え?あ…あぁ…はい」
寝癖を付けてかくっと洸祈は首を傾けた。
「その前に貴方の名前は?」
二之宮は訪ねる。
「名前って…だって…」
「名前は?」
困惑顔の洸祈にお構いなしで再び訊いてきた。
「崇弥…洸祈…」
「そう。崇弥、君のその膨大な魔力が必要だ」
真剣に言う。
洸祈の戸惑いを無視しつつだ。
「ああ…なぁ…ろ―」
「僕は二之宮だ。そしてこいつは遊杏」
苛立ちを隠さずに二之宮はテーブルを叩くと傍らで眠る少女を指差した。ソファーの肘掛けに乗せた顔は青白い。
「おっ!?おい!そいつ大丈夫なのかよ!!」
力なくぐったりとしていた。開いた唇から漏れる吐息は頼りない。
「大丈夫じゃない。だから崇弥の魔力を―」
「医者だろ!馬鹿が!!」
と、洸祈が怒鳴れば…
「医者じゃ無理なんだよ!だってこいつは…」
二之宮は何かを言いかけて口を閉じるとそっぽを向いた。
「お願いだから…金ならいくらでも出すから…魔力を…魔力を分けて…」
そっぽを向いた先、遊杏の苦痛に歪んだ顔を見詰めて訴える。
遊杏よりも痛そうで辛そうな二之宮の顔…
「お金はいらない。何すればいいわけ?二之宮蓮」
洸祈は眠る兎を小突いて起こすと膝から退かしてすっと立ち上がった。
承諾してくれた驚きに唖然とする二之宮。
「急いでるんだろ?」
沈黙。
そして…
「ありがとう」
彼は笑みを溢したのだった。