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4月7日

のどかな昼下がり。

「た~か~やっ。遊びに来たで」

カランッ

木のドアに付いている飾りが軽やかな音をたてる。

とたとた

靴が木の廊下を踏み鳴らす。

それらは覚醒していない俺の脳に心地好く響く。開きかけた瞼が重く被さってきた。

4月初旬。

気温良好。

湿度良好。

意識を手離せば快楽に浸れる。別に拒む理由がないのだから再来した生理的現象を受け入れるとしよう。

…………………。

「ハロ~、元気にしとったかー?」

ボリューム大。

眠りへと誘うBGMと混じって不協和音を奏でる。

「寝てんのか?」

骨の軋む右腕をゆっくりと上げる。上がりきると、血液が一気に流れ落ちて内が熱くなった。

「何やこの腕。どんな夢見てんの」

溜め息が聞こえる。

もう少し。

「せや、脅かしてやろ」

気配が近付く。耳に吐息がかかる。少しくすぐったい。

俺はすーっと大袈裟に息を吸う音を聞くと、力を抜いて拳を振り落とした。



ゴッ

重く深く入った。

クリーンヒットと言うところだろう。二次元のモンスターなら大ダメージを食らわせたはずだ。


「な、な…何すんやー!!!!!!!」

目を開けると枯草色のクセのついた髪の毛が視界一杯に広がった。揺らした頭に合わせて空中を漂う髪は麦畑を連想させる。

それよりもだ、

五月蝿い。

「うるせーんだよ、司野(しの)!!!!!!」

涙目のこいつに負けない声で返した。

「せやかて…」

不満げに口を尖らせて言う。先程より声量が小さいのは機嫌を損ねて追撃を食らうのを防止するためだろう。

「安眠妨害は最大の罪なんだよ」

俺の快楽を返せ。



水曜日。ここ用心屋の定休日だ。

用心屋とは表の看板にも書いてあるが用心棒を貸し出す店だ。

始めてから再来月で1年経つこの店は今では客足も安定してきて月に1から2の割合で依頼をこなしている。が、それでも依頼の全くない月があり油断出来ない。

節約は重要だ。

それでも定休日には必ず休む。

休日はより重要だ。

何するにも体力が必要だからだ。


琉雨(るう)ちゃんはー?」

司野は―ねだるので渋々出した―ココアの入ったマグカップ片手に訊いてきた。

「お使い」

琉雨は璃央(りおう)護鳥(ごちょう)である琉歌(るか)を母体としている俺の護鳥兼監視役だ。

今回琉雨には璃央への伝言を頼んである。俺が行くと璃央が軍に睨まれるので琉雨が買ってでてくれた。

快く引受けてくれたのは琉歌に会える絶好のチャンスだからだ。

千里(せんり)君と(あおい)君は?」

「ちぃは出掛けるってどっかに行った。葵は実家に」

朝早くに手紙とも言えない乱雑な字のメモを残して二人とも出ていた。

引っくり返したり文末から読んだりしてやっと書いてあることがなんとか分かった。

但し、まだ不明瞭なところがある。

此処まで汚い字がかけるのは千里だけだ。まったくもって迷惑極まりない。

「あれ、崇弥(たかや)は帰らへんの?」

司野はソファーに行儀良く座って見上げて来た。その際、大切そうに両手で包み込むように持ったマグカップから出た湯気が司野の銀縁眼鏡を曇らせる。

「留守がいなくなる」

と、言うのは表向き。

「ふ~ん、そーなんか。ま、俺としては崇弥が居てくれて良かった。誰もいーひんかったら無駄足になるとこやった」

ココアを飲み干すと眼鏡を外してジーンズのポケットから取り出した眼鏡拭きでレンズを拭き始める。

「司野、仕事どうしたんだ?役所は今日も開いてるはずだぞ」

司野はレンズを綺麗にすると眼鏡をかけてどれ程綺麗になったのか周囲を見渡しながら「それがな」と話しだした。

「今朝もいつも通りの時間に出勤したんや。そしたらな、同僚に今日お前は休みやぞって言われたんや。上司もそう言ったんやで。てか、帰れって命令されたんや。しゃーないから、崇弥んとこ遊びに来たわけ」

「しょうがなくて来んな。第一、お前の家は向かいにあるだろーが。帰れ」

「いーやーや」

強情な奴め。めんどくさい人間の見本じゃないか。

にしても公務員に突然特別休暇とは……。

「仕事してないなら金返せ」

「俺に言わんといてや。俺かて理由が分からへんのやから」

「んなこと知るか。こっちはお前達公務員の給料のために少ない収入引かれてるんだからな」

命がかかってるのだから。

「仕事しない奴にこっちが働いて稼いだ金を渡す筋合いなんてない」

「ごもっともや」

司野は「何でやろ」とぶつぶつ呟いている。

本気で分からないのならこれ以上咎めるのは止めておこう。


「崇弥ぁ」

呟く司野をほっといて読書をしていると司野が気だるそうな声で俺を呼んだ。

「何?」

読む手を止めて司野を見下ろす。司野は硝子テーブルに伸びていた。

「暇や。もてなしてくれへんの?」

「ココア、与えただろ」

「それだけ!?」

ぶーぶー文句を言う。図々しい奴だ。

「俺はお前を呼んでない。勝手に来たくせに俺のもてなしにケチつけるな」

正論で司野を黙らせる。

「それでも文句あるならココア返せ」

「無理に決まっておるやろ」

とそこで俺はふと、テーブルの端に置いてあるカレンダーを見た。琉雨がねだったので買ったそれは月、日、曜日を日々プレートを入れ替えることで示すレトロなカレンダーだ。

琉雨は枠組みの細かい彫りを気にいったらしい。四季を表す装飾は俺も素晴らしいと思った。


さて、


今日の日付は4月7日水曜日だ。

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