思い(3)
「幹部の会議に?」
葵は耳を疑った。
「あぁ」
それに一教師であり、崇弥家と長い付き合いの璃央は苦虫を噛み潰したような顔をして重々しく言った。
「決断は急がなくていいから。それに断っても構わないよ」
それは璃央の意思。
璃央は優しいから。
「学校側としては?」
璃央は意表を突かれて少しの間黙り込んだ。
「………………出席してもらいたい」
「そうですか。少し考えさせてください」
葵は璃央に丁寧に頭を下げると、踵を返してその場から立ち去った。
その瞬間には葵の驚きの表情は消え去り、普段の表情になっていた。
だからこそ…
「心配なんだよ」
無茶をする。それを自分でも知らずにする。
だけどそれが崇弥葵だから。
「洸祈、お前がいてくれれば」
葵を止めてくれる。
私よりも強く、否、断わらせるだろう。
璃央はその場に暫くただただ立っていた。
「璃央、先生っ!」
不意にかかってきた声に璃央は振り返った。
「どうしたんですかー?」
長い長い金髪を一つに結った美少年。
「千里」
重々しい空気を発する璃央に千里は首を傾げる。
「洸?あお?」
どっちが何したの?千里は訊いてきた。
「千里、昨夜軍本部から学校宛に崇弥葵を次の軍会議に招待したいと封書が届いた」
「どうして!?」
さすがに国の行き先を決める会議に一生徒を招待したいというのには驚いたらしい。千里が璃央に身をのり出した。
「表向きは三年を差し置いて学校の総合成績優秀者だからだそうだ。学生の意見も聞いてみたいとか」
『表向きは』その表現に千里は眉をしかめた。
「あおに関係するとなると、崇弥家?」
千里の頭を崇弥家の面々がすぎる。
親友の洸祈や葵の父であり、千里にとっても父のような存在の慎。崇弥家に遊びに行くといつも優しくしてくれる晴滋や真奈。そして、妹弟のような紫紋、春鳴、乃杜。
彼らは千里にとって家族同然だった。
そして彼らもまた、千里を家族のように慕っていた。
「洸祈と慎がな」
「!?…洸ならともかく、慎さんが何で?」
「慎のことどこまで知ってる?」
「洸の父で…僕の父さん、柚里の後輩」
「そう、だ」
璃央は頷くと千里を真剣な瞳で見た。何かを訴えるように。
「…僕はもう子供じゃないよ。聞かせてよ」
千里はふてくされて言った。その真剣な眼差しに璃央は自然と緊張する。
「……柚里の死の真相」
千里はこの事だと承知で聞かせてと言ったはずだった。
しかし、いざそれを聞くのには抵抗があった。
千里の肩がびくつき、細い腕が震える。璃央の前には下を向いた千里がいた。
こうなるような気がしていた。だからこそ、慎重に言葉を選び、心の中で反芻してから話したのだ。
「やだ…聞きたくない」
頭を振って拒絶した千里を璃央は拒まない。
千里は弱いんだ。
璃央は頭をぽんぽんと叩いてやる。
「ごめん」
その話はしない。そう言うとやっと千里の震えが止まった。
「洸祈の強さは知ってるな」
「怖いぐらいにね」
「洸祈の魔力は尋常じゃない。それに、崇弥家の先代から受け継がれてきた緋沙流の武術が加わると…こんな言い方はしたくないが……洸祈の戦闘力は常人を遥かに凌ぐものになる」
軍はそんな大事な宝は手放したくなかった。
「数ヶ月前、校長が変わっただろう?」
年の変わり目でもない時期に突然変わったのだ。そう、それは洸祈が退学した数日後。
「洸を退学させたから?」
璃央は頷く。
責任をとらされたのだ。
何故宝を手放したのだと。しかし、そうしなければ軍学校は貴族からの援助が途絶え、潰れていた。
そしたら軍は学校に援助をしてくれただろうか。
答えは否だ。軍にとって各地にある、大きな第一から第五の本校と、何十とある分校の内の一つが潰れたって構わない。崇弥洸祈という兵器さえあればいいのだ。他の生徒は各地にいくらでもいるのだから。しかしそれでは何十人といる教師達の職を奪うことになる。
校長は考えたのだ。問題児をとるか学校をとるか。
勿論、後者をとるだろう。
「葵を軍会議に参加させることは葵に軍の機密を話すことでもあり、軍に引き込むことでもある。つまり」
「あおは洸の足枷。あおを人質にとるってこと?」
「そして、葵は慎の足枷でもある」
「どうして慎さんに拘るの?」
「それは」
璃央が言葉を濁した。先程の千里の姿が脳裏に浮かぶ。
「父さんの死ってこと?」
千里が伺うように上目遣いになる。
「慎は軍にとって脅威なんだよ。慎は軍が知られたくないことを知っている。そしてその証拠を持っているから」
何で慎さんは世間に公表しないの?そんなことは訊かない。
「慎さんはそんなことしない!」
「軍はそう考えないんだ」
それが軍人。璃央はあっさりと返す。
「そう、ですね」
一瞬、千里の頭に自分を見下ろす祖父の姿を璃央に見た。
「で、千里。葵にはこの事言ってないんだ。でもあいつは勘が良いから多分利用されているのが分かっている。だから、招待を承けるだろう」
「僕が無茶しないよう見てればいいんでしょ?」
葵が無茶をするのは分かりきっている。だからこそ千里が止めなくてはいけない。洸祈がいない今、葵を止められるのは千里しかいないのだから。
「頼むよ」
「僕にお任せを」
―僕は他人の為には決して動かない。でも、大切な人の為なら体を張って助けられるんだよ―
璃央がその場を立ち去る。
僕はもうあの頃とは違う。




