思い(2)
「あおのせいで」
質問は後でね。
そう千里が深刻そうに言ったので一応覚悟をしたら最初の一言から洸祈は動揺した。
「なっ!!!!」
何を言っているんだ。そう言いかけて口を閉じる。
千里が下を向いたからだ。
いつも飄々としていて掴めない千里が下を向くのは表情を隠すため。明るい表情を装う彼の弱味を見せないため。
「…ごめん」
千里は下を向きながら首を振った。
「洸が学校を退学したのが半年ぐらい前だよね。あおに盛った薬の効果はちゃんとあった。あおは洸に関する記憶を忘れていた。そして、あおは学校内での功績を上げてった。学力、武術…」
文武両道。まさにそれは崇弥葵を一言で表すにはもってこいの言葉だった。
「なぁ、千里」
両壁にそって置かれた机。葵は勉強の手を止めると、する事もなく机に足を乗せて二本の脚を軸に椅子をゆらゆらと揺らす千里の方を向いた。
「な~に?」
千里は振り返らずに返す。
「崇弥洸祈」
動いていた椅子がピタリと止まる。
「…………………誰?」
暫くして椅子がまた動き始めたかと思うと千里が答えた。葵には背を向ける千里がどんな顔して言っているのか分からない。
「いや、何でもない」
バカなこと聞いたかな。
勉強を再開しようと机に向き直った葵の後ろには千里がいつの間にか立っていた。
「自分で切り出しておいて何でもないなんて、僕、とっても気になるな~」
葵が顔を上げて千里を見るといつものにやけ顔があった。
「何々?崇弥ってあおとおんなじ名字だね」
千里は葵に「ねぇ、ねぇ」と 顔を近付ける。手で追い払おうとするがひらりひらりと避ける。
「あ~、うるさい!…分かったよ。…昨日、蒼詩に会ったんだ。そしたら蒼詩が変なこと言ったんだ。『洸祈にお礼を言いたかったけど、僕のせいで退学になったんだよね。ごめん』って。洸祈って誰って訊いたら驚いた顔して『葵のお兄さんでしょ』って言ったんだ。俺には兄なんていないはずなのにな」
「蒼詩って深原蒼詩?」
「知ってるのか」
「うん。父親が命令違反をして亡くなったって」
千里の言葉に葵の目が険しくなった。
「それ信じてるのか?」
「信じる?僕にとってそれは単なる情報でしかないよ。僕が信じるのはこの目で見たものだけ。でもそれが真実とは言い切れないけどね」
「?」
「根本から見てみなきゃ真実とは言い切れないってこと。もし根本から間違っていたら?」
千里が葵に答えを求める。
「全てが間違ってることになる」
「大正解」
パチパチと擬音語を千里が言うのを葵はぼんやりと聞いていた。
この言葉…
「根本を知るにはどうすればいい?」
前にも…
『どうしたら真実って分かるの?』
聞いた…
「僕には無理だよ。僕は神様じゃないからね~」
『神様しか知らないよ』
「じゃあ誰を信じればいいんだ?」
『誰を信じればいいの?』
知ってる。
「親友」
『親友』
「親友は誰?」
『親友って何?』
「かけがえのない人」
『かけがえのない人のこと』
知ってる。昔誰かと…
『じゃあ、―は親友だね。俺、―を信じる』
『葵は俺の親友だから俺は葵を信じる』
知ってる。昔誰かとした会話。
「なぁ前に似たような会話お前とした?」
「ううん。でも、親友って何かはあおに教えてもらったんだよ」
じゃあ誰との会話なんだ?親友を俺は忘れているのか?
不意に自分が何てサイテーな奴なんだと思い頭を抱えた。
「はぁ…俺、親友って言ったのに忘れているのか」
「そうなの?気になる―」
「もう寝る!」
千里の言葉を遮って葵は立ち上がるとベッドに倒れ込んだ。
「じゃあ僕もねよ~」
千里は欠伸をすると部屋の電気のスイッチを切った。
そして、縛っていた組紐を解いて机に置くと自らのベッドに潜った。