帰路(8)
小さい時、俺は大きな間違いを犯した。
と、今更になって思う。
今更なのは、小さい時はそれを間違いだとは思わなかった。やられたからやり返す。そんな当たり前なことだと思っていた。
相手に悲しませる権利があるのなら俺にも悲しませる権利があると…
相手に傷付ける権利があるのなら俺にも傷付ける権利があると…
相手に裏切る権利があるのなら俺にも裏切る権利があると…
だから俺は当たり前のように悲しませ、傷付け、裏切った。
それが無意味どころか自らを陥れる結果になるとは思わなかった。
自らのしたことに苦悩し、全てに縛られ、周りを傷付けた。否、傷付けている。
しかし…どうしようもない。
どうしようもないとしか片付けられない。
過去は過去。現在は現在。
だけど…
そんな俺だからこそ…
司野を助けたい。
司野は悲しませられた。
司野は傷付けられた。
司野は裏切られた。
司野は俺なんかより大人だ。
だから悲しませないし、傷付けない。裏切らない。
だけど…
死で終わらせようとしている。
逃げたきゃ逃げればいい。
忘れたきゃ忘れればいい。
それが司野の願いなら俺は止めない。
だけど、死は許さない。
死は酷く残酷な裏切り以上の復讐だ。
ばきっ。
枯草色の…
小柄な…
俺の…
大切な人。
俺が受け止めたら俺はまたあの時のように苦しめるかもしれない。
だけど…
「司野、俺はお前を絶対に死なせない!」
お前みたいな光の傍にいたいよ。
伸ばした腕で少年を抱き止めた。
細い手足。小さな顔。枯草色の髪。長い睫毛。白い肌。
雨で冷えきった仔猫を温めるように片手で強く強く引き寄せる。
「た………か…や…?」
「司野…」
唇を青くして…
睫毛を震わせて…
雨なのか涙なのか、雫が頬に一筋の線を描いた。
そして、一言…
…―会いたかったで―…
「司野、帰ろう?」
ふるふると力なく振られる頭。
「もう…いや…や…」
逸らされる瞳。
餓鬼のように“いや”と繰り返す。
だけどもう、お前は餓鬼じゃないだろ?
「司野、お前はもう立派な大人だろう?」
こくり…
「いやいや言ってたって分からない。大人のお前の言葉は責任を持つ分、他の大人と対等に扱われるんだ。だから、由宇麻一個人の言葉で言うんだ」
元息子だろうが、元家族だろうが関係ない。
由宇麻としてお前は源や美恵子に何と言いたい?
「俺……は………ちっさい時から…由宇麻を…見て欲しかったんや…病人でも…異常者でものうて…俺を…見て欲しかった…俺は…利用される為に…公務員に…なったんやない…学校行けへんかった俺でも…こんなに立派な…仕事やってんやで…って…守られてるだけやないんやで…って…胸張って生きるために…なったんや…」
だから?
「俺は…あの人達のとこには…戻りとうない!…俺は…崇弥達と一緒にいたい…!」
震える声で俺の胸元を引く司野。
「じゃあ、一緒に店に帰ろう?琉雨が心配してる」
「…たか…や…は?」
そんなこと訊くなよ。
「ばーか」
大切に決まってんだろ。