帰路(3)
強力な結界。
「開けろよ…」
魔力を御する者には分かる。
洸祈は歪んだ空間を睨んだ。
巨大な扉。
この先に司野がいるはずだ。
魔法使いではない由宇麻には結界に護られた屋敷に入ることはできない。
不可能なのだ。
しかし、由宇麻には…
カミサマがいる。
カミサマの前で太古の魔法の結界なんて紙切れ同然だ。
「開けろよ…屋敷」
時間を止めた屋敷は答えない。
生命を止めた屋敷は答えない。
「てめえのせいで司野に何かあったら、てめえを塵一つ残さずに燃やし尽くしてやる」
主人を失った屋敷は答えない。
全てを失った屋敷は答えない。
「開けろよ!!!!!!」
開けろよ。
早く…
…開けろよ…
洸祈の瞳は輝く。
赤く。
赤色の血に…
紅く。
紅色の華に…
朱く。
朱色の銅に…
緋く。
緋色の夕に…
俺は…
家族を失いたくない
「失せろよ、結界」
高めろ。
鋭く、硬く。
針のように鋭く
鉱石のように硬く
「てめえなんかに司野を喰わせなんかしねぇ!」
…―司野!!!!!!!―…
洸祈は堅く閉ざされた壁に手を添えた。強固な結界の余波に割れる爪。痛みに顔をしかめながらも洸祈は血の流れる手のひらで押す。
…ごほっ…
胸の動悸が苦しい。
…ごほっ…
頭が重く痛い。
…ごほっ…
手足が動かない。
真夏に冷たく降り注ぐ雨の下で由宇麻は体を横たえた。
「ちーと、外は辛いな」
あと、どれくらいしたら俺は解放されるん?
病院を脱け出してやってきたところがここだった。
貰った家には医者が捜しにいそうで、病人の象徴みたいな白の衣服を纏ったままの由宇麻は、独りになりたくて窓から見えていた屋敷にふらりと来ていた。
誰か恐い人が居たらどうしようという不安は直ぐに消えていた。扉を押し開けて入った時に感じたのは結界の存在。病院生活の暇潰しに少々噛んだから分かる。
この屋敷は結界に護られていると…
何故護られているのか。
入って分かるここは無人だと。ならば、答えは一つ。
ある大国で起きた災厄の余波。
それは遠い遠い日本にさえ影響を与える程。例えば、この屋敷を結界に閉じ込めたり。
そう、
一部の物語を変えたのだ。
それからだ。
由宇麻は独りになりたくなると何故か抜けることのできる結界に護られて屋敷と共に過ごす。
中を探検して分かったのは屋敷の主人はローレン・リゼッティアであること。
そして、淡々と綴られた彼の日記の最後のページには…
“娘に会いたい”
と書かれていた。
主人を失った屋敷で由宇麻はただただ時を過ごす。
“親に会いたい”
と思いながら。
しかし…
「会わなきゃよかったな」
会わなきゃ
甘い幻想に浸れたのに…
会わなきゃ
涙を流すだけで済んだのに…
会わなきゃ
全てを失わなかったのに…
馬鹿みたいで…
羞恥で死にそうや。