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帰路

司野(しの)!」

赤い顔に大粒の汗。驚きと悲しみの二つの感情を掛け合わせた表情をした由宇麻(ゆうま)は駈けて行った。

「司野!おい、司野!」

振り向かない。足を縺れさせながらも由宇麻は洸祈(こうき)から逃れるように走っていく。

待って…



洸祈は周防病院に来ていた。

「…熱があるのに走り回って」

ここらで一番近い病院。

もしかしたら何処かで倒れて運ばれたかもしれない。

そう思った洸祈は他に宛てがないのでやってきたのだった。

「すみません。ちっこくって可愛い、30歳の人運ばれて来ませんでしたか?」

「小さくて可愛い、ですか?」

受付のナースのお姉さんは困惑するだけだ。

「う~ん、じゃあ…熱で運ばれた人は?」

「熱…あ、その方でしたら2階の第三医務室で診断を受けていられますが…?」

「どうも!」

はぁと気の抜けた返事をしたナースは首を傾げて業務に取り掛かった。それを後目に洸祈は階段を駆け足で上がる。目指すは第三医務室。


「司野!」

ガラッ

……………………………………。

間違えた。

白衣の医者は知らぬ男と……

熱烈なキスを…

「御取り込み中でしたか…人違いですね。それじゃあ…」

と、

「いや~ごめんねぇ、センセ」

医者は洸祈の服の袖を掴む。

「俺は先生じゃない」

「黙って」

と、

「じゃあ、また明後日。お大事に」

医者がヒラヒラと手を振ると、小さくて可愛いのかもしれない男はせさくさと出ていった。

「俺、迷子の仔猫さん捜してるので」

「私も捜してたんだよ。由宇麻君をね」

白衣のプレートには加賀の二文字。つまり、

「司野の担当医…とか?」

「担当医の加賀龍士(かがりゅうし)とかだよ。ところでさー…一緒に遊ばない?」

するりと洸祈の顎に伸びる手。

「近寄るな変態」

洸祈はその手を払った。

「由宇麻君とはどういう関係だい?」

「ただの仲良しさ」

と、


「由宇麻君、何処にいるの?」


真面目になる切り返し。手を背中に隠した加賀は一枚の写真を机から探しだした。

「可愛いだろう?」

こちらを向き、あっかんべーをする枯草色の髪の少年。

「由宇麻君だよ」

端に記された日付は10年前。

「二十歳の時の彼」


…―今と全く変わっていない―…


「驚いただろう?きっと、君の知る由宇麻君は今と変わらないはずだ」

椅子を勧める加賀。

洸祈はそれを断って壁に背中を凭れた。

「由宇麻君は二十歳を境に成長を止めた。成長することをやめたのかもしれない」

「なんで…」

「?」

「なんで、俺にそんなこと…」

何故、言うんですか?

「君は友達を作ることを何よりも嫌がった由宇麻君の友達なのだろう?」

友達を作ることを何よりも嫌がった。

洸祈達と仲良くしたいと繰り返していた由宇麻。

「彼は意地っ張りで負けず嫌いだから誰かが気に掛けてやらないと取り返しのつかないことになる恐れがあるからね。だから、病院に帰って来て欲しいんだけど、嫌がるだろうしね。頼んだよ」

「…加賀先生…」

「何処か具合が悪いのかい?色々していいなら、由宇麻君の友達ということも重ねて無料で診断するよ?」

茶化す加賀。洸祈は彼の言葉を右から左へ流すと、重くなった口を動かす。

「司野は仲良しじゃなくて大切な人でした。すみません」

大切な大切な人。

「ん~。君を頂くのは無理みたいだ。その言葉、由宇麻君に直接言ってあげなよ」

洸祈は壁に預けた体重を戻すとドアに手を掛けた。

「君、由宇麻君はよく屋上に上がって泣いていた。彼は厭なこととか、悲しいことがあると高いところで一人になろうとするんだ。迷子の仔猫さん捜しに役立ててくれ」

「ありがとうございます」

振り向かずに洸祈は前を真っ直ぐ見詰めて言った。

「君の名前…!訊かせてくれないかい?」

「…洸祈」

「洸祈君…いつでもいいから、由宇麻君の様子を時々教えてくれないか?」

困ったように唇を結ぶ加賀。彼は洸祈の答えを待って立つ。

「喜んで。加賀先生」

洸祈は一瞬だけ振り向き、いつものポーカーフェイスを浮かべると颯爽と外に踏み出した。


ありがとう。


加賀の声が聞こえた気がした。

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