表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/139

発端(3)

コンコン

部屋のドアをノックする音。

「俺や」

………………司野(しの)

俺は寝た振りを決め込むことにした。きっと司野は俺を嫌いになったから。

「入るで」

夏の盛りだというのにエアコンも付けずにタオルケットにくるまる俺は寒かった。

司野の足音が近付いてくる。直ぐ後ろで司野がこちらを見下ろしている気配がする。俺は体を固くした。

「俺、崇弥(たかや)のこと嫌い…」

あぁ、ストレートな言い方だな…

これはかなり辛い。

俺は震えを見せたくなくて小さく縮こまった。

「…やない」

は?

「崇弥、寝た振りはいかんで」

と、無理矢理、被っていたタオルケットを頭まで剥がされた。ぬっと司野が俺の顔を覗き込んでくる。

「何かあるとベッドに籠るなんて餓鬼やなー」

「…………」

「あれ、反応なし?崇弥?崇弥ー?たーかーやー、な~な~」

「崇弥、崇弥しつこいんだよ!」

ゴン

「!!!!っ~………やっと普通に戻ったやんけ」

怒鳴ってくるかと思った。しかし、司野は無邪気に笑った。

普通だと司野は笑うのか?

「………何しに来たんだよ」


「聞きに」


「聞くって分かってんのか!!」

俺は体を司野に乗り出した。

「分かってへんと思うんか?」

司野は真面目な顔して聞き返す。

分かってなかったらここには来ない。

「本当にいいのか?」

確かめずにはいられない。

「いつか俺は見付かる。だったら、俺は今、崇弥から聞いて心の準備をしたいんや。でな、聞く前にお願いがあるんや」

「?」

「俺、きっと、崇弥の話を黙って聞けなくなる。せやから、俺の口を塞いでくれへん?何があっても、最後まで聞かせてや」

分かった。

俺は司野を押し倒した。

「聞かせてやるよ」

「ちょっ!」

「何?今更無理はなしな」

「そうやなくて」

司野は気まずそうに俺から目を離す。

「…変な気ぃ起こさんでな?」

変な気?

……………………………沈黙。

「ふーん。もしかして俺が童顔だからって三十路のおじさんに手を出すとでも思った?心外だね」

「何でストレートに言うんや!」

当たってるのかよ。

口を片手で塞ぎ、もう片手で両手首を掴んでベッドに押し付けた。

「安心しなよ。琉雨だったら変な気起こすかもだけど、司野には変な気起こさないから」

「んー!!!!」

先に口を塞いどいて良かったな。




……………………………………。

「これで全部だ」

「…………………うん」

自身が言った通り、司野は涙をぼろぼろと流し、手の拘束を解こうと必死に体を捩り、挙げ句の果てには蹴りをいれてきた。俺はかわしきれずに回し蹴りを脇腹に喰らった。踵から入ったそれは俺に大ダメージを与えたのは言うまでもない。

それでも何とか話し終えると、俺は司野を放した。

司野は俯せになって荒い呼吸を繰り返して肩を上下させる。

「あちぃ」

クーラーを付けずにいたのを忘れていた。否、気付いていたが面倒だった。

司野との闘いでさらに汗をかいた俺はベッドから立ち上がると、司野にタオルケットをかけてクーラーを点けた。

「俺、風呂入ってくる。落ち着くまでそこに居ろ」

「ありがとな………崇弥…俺、会った方がええのかな」

「自分で考えろ。今日行くには遅いし、明日まで時間はたっぷりある」

「そう…やな……」

俺は部屋を出た。




「会う」

夕食の場で司野ははっきりと言った。

風呂を借りた司野の濡れそぼった頭から雫が肩に落ちる。それは俺が貸した黒の古着に新たな染みを作った。

「そうか。今日電話するから明日ホテルまでバイクで送ってやるよ」

「バ、バ、バ、バイクぅ!?」

司野がスプーンを取り落とし、皿がカンと高い音を発てる。

「何でそんなに動揺すんだよ」

「崇弥、未成年やろ!?」

「バイクの免許は未成年でも取得可能だ。常識だぞ?」

司野は口をあんぐり開ける。琉雨は一足先に食べ終わると、食器を流しに持っていった。

「事故起こさへん?」

「ゴールドだ」

それを言うと司野は安心したようだ。しかし、

「でも、旦那様の免許がゴールドなのは旦那様は全然バイクに乗らないからですよね」

戻ってきた琉雨(るう)は椅子に座り直した。

「崇弥、全然乗んないん!?嫌や、嫌や!!!!電車で行く!」

余計なことを。

「じゃあ、一人で行け」

司野が茫然自失になる。やがてその瞳を潤ませた。

「一人はもっと嫌や。崇弥、一緒に電車で行かへん?電車代俺が持つから」

「矢駄」

めんどくさい。が、依頼料を貰うにはホテルまで行かなくてはいけないのだ。まぁここは、俺の運転の腕を疑った司野を苛めてやろう。

「じゃあ、琉雨ちゃん…」

「いいですよー」

「駄目だ。琉雨を司野と二人きりには出来ない」

「む~、酷いで崇弥!」

夕食のシチューを食べ終えると司野はしかめっ面をした。

「別に。俺は琉雨のことを思ってるんだ。な、琉雨?」

「ルーも旦那様のことを想ってます!」

「これって時にそーゆーこと言うのは反則や」

こいつ面白いな。

「そういうことって?」

司野は俯いて口ごもる。

「俺は琉雨のことを思ってる。俺達は家族以上の関係さ」

「家族以上!?…な、な、何言うてんのや!!!!」

司野はやがて真っ赤にして顔を上げた。

俺の言ったことが理解しきれていない琉雨は笑顔で司野を見る。俺は真面目な顔で司野を見返す。

「………ホントなん?……は?へ?え?…マジ?………………えぇぇ!!!!!!そんな!!昨日の崇弥の暑いからってのは俺への口実で本当は…本当は……嘘やろ!?…仲好し兄妹象はうわべで本当は…ふ」

ゴンッ

「わりぃ。余りにもずれたこと言いそうだったから手が滑った」

「っ!!…何がずれてるんや!……二人はふぅ」

ゴンッ

「また滑った」

「ルーと旦那様はとーっても強い絆で結ばれてるんですよねー」

絆か。

琉雨からはもっと濃厚な言葉を期待してたんだけどな。なんて言ったら司野に警察に通報されかけないので自主規制しておく。

「強い絆?…なーんや、崇弥の真剣な顔はともかく、琉雨ちゃんが否定せーへんから、てっきり二人は夫婦なんやと」

ゴンッ

「マジで滑った」

もう2秒前に故意に滑るつもりだったのにミスった。しかし、遅れながらも反射的に滑った。

偶然にも琉雨は物思いに耽っていたようで聞こえていなかった。

俺が見詰めると琉雨は「何ですかー?」といつものぽーとした顔で見詰め返してきた。

「で、どうするんだ?」

「何をや?」

司野が頭頂部を押さえて俺を睨目上げる。

「バイク?電車?」

「!!っ~」

「バイクで決まりだな」

かなり久しぶりに運転するのか。

「自信あるんやろな?」

窺わし気に司野は念を押してきた。そこまで言われると…

「う~ん。今更ながら不安になってきたな…」

俺は小さく小さく呟いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ