発端(2)
一息吐いて二階への階段を昇っていた時だ。
階段真ん中の段。俺がそこに差し掛かった瞬間、何かが猛スピードで飛び込んできた。階段から堕ちないよう体を捻って壁を背にしたが、ぶつかってきた衝撃で俺は強かに頭を打ち付けてしまった。
「っ!!!!」
痛みに耐える隙なく、俺はもぞもぞと動くそれが擽ったくて笑いだしてしまう。
「…っははは、ちょ…ははははっ…待て!っ…!!」
かなり際どいところにきていたので俺はそれを手のひらで叩いた。
「痛いやんけ!」
この声。
「あ、司野」
俺はそれを見下ろした。枯草色の髪が揺れて、司野の眼鏡の奥の瞳がこちらを睨んできた。
「崇弥、何言うたん?」
真っ先の言葉はこれだ。
「は?」
「男のおっきな声が聞こえたで」
“男”か。
「お前のお父さんの気分を害した」
「父さん?崇弥の?」
へ?琉雨に伝えるよう…
「琉雨は?」
「琉雨ちゃん?兎から女の子になってリビングのソファーで寝てるで?」
―琉雨は約束を違えない―
「琉雨!」
「崇弥?」
「司野の馬鹿、アホ、童顔!」
「何だか分からんけど童顔は多分、いや、絶対関係ないと思うで!」
俺は司野を無視すると、リビングへと駆け込んだ。
「琉雨!」
「はぅ。ごめんなさい。ルー言えませんでした」
琉雨が頭を垂れてソファーにちょこんと座っていた。
「ルーは由宇麻さんが大切です。言わなきゃいけないけど言えませんでした」
ぽたりと涙が琉雨の膝に落ちた。俺を見上げた琉雨の涙の跡のついた頬に再び涙が線をつける。
俺が泣かした。
「ごめん、琉雨。辛い役目頼んだ」
「言えないルーが悪いんです」
違う。
「琉雨は悪くない。絶対に。依頼を聞いた俺が司野に言わなきゃいけなかったんだ」
そう、俺が言わなきゃいけない。
俺は琉雨の頭を撫でると立ち上がり、うずうずしている司野の前に立った。
「崇弥…その」
「司野、黙って聞くと約束出来るか?」
「っ…でき………ない…かもしれへん」
もう司野は辛そうだ。
俺はこいつをもっと苛めるのか。琉雨には悪いことをした。
嫌な役だ。
食事用のテーブルの椅子を2脚向かい合わせで置くと、俺は司野に座るよう示した。司野はおどおどしながら座る。
こいつの泣きそうな声聞いたら俺が喋れない。
黙って聞けないのなら…後で何言われたっていい。
「ふぐっ、んっ!!!!!」
俺は問答無用で司野の口を手で塞いだ。司野が目を見開く。
「黙って聞けないのなら、黙らせてやる。お前は聞かなきゃいけないんだ」
「んー、んー」
司野が涙目で首を振った。勘づいているんだろう?
「お願いだ。聞いてくれ、司野」
両手を使って俺の手を外させようとしたので、俺は余った片手を使って片手を椅子に押さえ付けた。司野の片手では俺の手は外せない。
それでも司野は頭を必死に振る。
「んー!!!!!!!」
司野の流した涙が俺の手を伝った。
暖かい。
アタタカイ。
泣かした。
ナカシタ。
嫌い、きらい、嫌い、きらい。
…―キラワレタ―…
反射的に俺は手を離した。
「っ!!………………」
見れない、みれない、見れない、みれない。
…―ミタクナイ―…
俺は最低な奴だ。
「ごめん」