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発端

カランッ

飾りが鳴った。

「客だ」

「仕事来るんやな」

司野(しの)がへぇと驚いた表情をした。誠に心外だ。

「どういう意味だ?」

「いや、何でも~」

意味ありげに司野は笑うと居住区への玄関で靴を脱ぎ、上へと上がった。

琉雨(るう)は?」

「ここに居ますよ」

白兎姿になった琉雨は耳をピンと立てると俺の膝に乗っかった。相変わらず撫で心地がいい。


「はぁ、涼しい」

「大丈夫なのか?」

「真っ白い髭をもじゃもじゃ生やしたオジサンが居たりして」

「案外あなた好みの人だったりするかもよ」

ガチャ

入ってきたのは3人の男女。台風明けで物凄く暑いのにスーツをきっちりと着こなす厳しい顔付きの男。小柄で若作りの女。そして、もう一人。際どいミニスカートにお腹を出した二十歳いくかいかないかの女。

「こんにちは」

奇妙な組み合わせの3人に俺は揺り椅子に座ったまま挨拶をすると前のソファーを手で奨めた。

「まだ子供じゃないか」

男が眉をしかめて言う。

「あら、可愛い。あなたの好みじゃない」

「ちょっと、お母さん」

“お母さん”……この3人は家族ということだろうか。

琉雨が頬を俺の服に擦り付けてきた。俺は琉雨の頭を優しく撫でてやる。と、琉雨が大胆な行動に出た。

鼻先で脇腹をつついてきた琉雨は服の端から中へ侵入してくる。

擽ったい。

「琉雨!」

小声で叱るが琉雨は服の中で丸まるだけだ。

震えてる。

微かに琉雨が震えていた。

俺はそのままの体勢を保つことにした。

「どのようなご依頼ですか?」

一応俺は穏便に訊ねる。


「君、歳は幾つだね?」

男は真っ先に歳を訊ねてきた。

「25です」

嘘。この歳は琉雨とで考えたぎりぎりの歳。今までこれで通せたのだから25にも俺は見ようには見えるわけだ。大人びて見えるのか老けて見えるのか、俺は前者であることを願いたい。

「ほ~。まだ、二十歳いかない子供かと思ったよ」

「よく言われます」

予め用意してあった言葉を俺は淡々と言った。この言葉はかなり便利だ。

「君一人でこの店を?」

「ええ」

“お父さん”らしき男は質問を続ける。

「実力はあるんだろうね」

「用心棒として働けるぐらいは」

早く本題に入れ。

俺は苛々を手の甲に爪を立てることで抑えた。

「それで、私達は君に人捜しを依頼したいのだが」

………ここは『用心屋』だよ。

「この店のことはどうして知ったのですか?」

「ここ一帯の方々に聞いたのでね。人捜しなら『用心屋』にと」

確かに近所付き合いで万屋紛いのことをしているが、『用心屋』は用心棒を貸し出す店であって万屋とは違うことを分かって欲しい。

「すみませんが、この店は用心棒を貸し出す店なんです。近所の方がそうおっしゃったのは私がボランティアでやってるのを勘違いしているんです」

帰ってくれ。遠回しにそう言ったのだが…

「ボランティアでも何でもいい。人手が必要なんだ。依頼料はそれなりに払う。だから、一緒に捜してくれ」

男は深々と頭を下げた。

こうなっては断れない。それに何より、それなりの依頼料を支払うとくれば…しかし、

「依頼を聞いてからにします。私はここの店主、崇弥洸祈(たかやこうき)です。まず、お名前を訊いてもよろしいですか?」

「私は司野(はじめ)

「源の妻、美恵子(みえこ)です」

「私は真奈美(まなみ)よ、洸祈さん」

し…の?

俺の服の中で琉雨がピクリと反応した。

兎の髭が腹を擽る。

俺は咳払い一つで動揺を隠すと微笑した。


「捜して欲しいのは私のせがれの司野由宇麻(ゆうま)だ」


せがれ?

確か司野の両親は離婚を……

質の悪い嘘だな。

「すみませんが、お引き取り下さい」

源の眉間の皺が一本増えた。

「どうしてかね」

彼は神経質そうに手を揉む。

「どうしてって嘘をつく人の依頼は聞けません」

「嘘?」

「あ、あなた…もしかしたら」

美恵子が源の肘をつつく。

「あぁ、そのことか。せがれではないな。訂正しよう。私の元息子、司野由宇麻を捜して欲しい。だが何で君は分かったんだ?」

「近所付き合いですよ」

上の空で返しつつ、俺は頭の中では別のことを考えていた。

『あぁ、そのことか』

この言葉は気に食わない。まるで、司野を物として扱っているようで…。

俺はズボンの裾を鋭い爪で掴んで震える琉雨を無理矢理引き剥がすと、居住区への階段に置いた。琉雨が耳を垂れて見上げてくる。

「司野に一応伝えてくれ。くれぐれも、ここへ来ることのないようにしてくれよ。終わったら上に行くから。あと、お前も上に居ろ。辛いんだろ?」

「旦那様、怒鳴っちゃダメですよ」

琉雨は小さく呟いた。

「分かってる」

上がって行く琉雨を見送ると、玄関に転がっていた司野の靴を靴棚に入れた。

「だらしないな」


「由宇麻は私と恵美子との間に出来た子だ。体が弱い由宇麻の入院費を払えず、やむを得ず由宇麻を恵美子の父親に預けた」

違う。

『どうやって入院費を稼ぐかじゃない。どちらに入院費を押し付けるかだ』

「私達は罪の意識から離婚した。それから数年後、偶然街中で再開し、お互いの辿ってきた道を思い出して再婚した。娘の真奈美が生まれ、また、家族をやり直そうと元息子の由宇麻に会いに私達が由宇麻に残した思い出の家にやって来た」

違う。

『預けた。否、捨てた』

違う。

『この子を育てることを条件にこの子と両親が住んでいた家を貰ったこの子の祖父』

「昨日も来たのだが由宇麻が家を留守にしていて会えず、公務員になったらしいから土日は休みのはずと、今朝も家に行ったのだが会えず。だから、君に由宇麻を捜してもらいたい」

「どうしてそんなに拘るんですか。今更…」

「君には関係ないだろ!!」

確かに。けど司野は?

俺が訊くのは失礼か。

「すみません」

俺は頭を下げると謝った。

「これで全部話した。由宇麻を一緒に捜してくれないか。時間がないんだ」

「時間がない?」

「こちらの話だ。見つけたらここに電話してくれ」

源は胸ポケットから取り出した手帳から一枚破くと数字を羅列する。

「現在私達が泊まっているホテルのだ」

丁寧に部屋番号まで書いてくれた。

「洸祈さん、真奈美の部屋は708号室よ。尾原(おはら)シーホテル、来てね」

真奈美は立ち上がると、片目を瞑ってひらひらと手を振った。

「真奈美!」

源の厳しい声が飛ぶ。そして、俺に厳しい目線がくる。

何でだ。

「では失礼します」

美恵子が真奈美を追い立てるようにして挨拶をしてきた。それに俺もお辞儀をして返す。

「さようなら」

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