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啼く鳥の謳う物語  作者: フタトキ
旅行 【R15】
136/139

傷痕

静かなリビング。

今までは、これが普通だった。

この家の主は地下に籠りっぱなしだったから。




遊杏(ゆあん)は明るい声とは対称的な表情で頷いた。

「はい…はい……すみません…はい…ありがとうございます」


ガチャ…ツー…ツー…。


「………にー…」

二之宮(にのみや)の部屋のあるところ、その方角の天井を遊杏は力ない瞳で見詰めた。

最近、否、あれからずっと二之宮は食べ物を口にしていない。

このままだと…。

かちゃ。

微かに二階で扉の開く音がした。

「にー?」

遊杏はそっと二階に上がる。

階段から顔を覗かせると、ふらふらと覚束ない足取りの二之宮がいた。どうやら彼はトイレに行っていたようだ。

部屋の前でドアに手を掛けた二之宮は、その場にへたりと尻をついた。

取っ手に引っ掛かった手首はずり落ち、二之宮の虚ろな瞳は閉じられ、彼は額を扉に擦り付ける。

「にー!」

遊杏は階段を上がると二之宮の体を支えてあげる。二之宮は少しだけ驚いた顔をすると遊杏の手を借りて部屋に入った。

「ありがとう。遊杏」

死人のような顔。

歌姫の面影はどこにもない。

「にー、劇場にはちゃんと電話しといたよ」

「あー。これじゃあ僕、クビになっちゃうな」

彼は造り笑いをする。

「早く良くなって、じゃんじゃん稼いでね。だって」

二之宮は曖昧な顔してベッドに腰掛けた。

遊杏は無言でそんな彼を見詰める。

「…にー」

彼女は呼んだ。

「何?」

「これ、ごはん」

「?」

問答無用。

遊杏は二之宮の口にバナナを突っ込んだ。

「んぐっ」

どうにか口に入った部分を下すと二之宮はむすっと膨れる。

「何をするんだ」

と、

「にーは…にーは…」

遊杏も同じくむすっと膨れて涙を浮かべた。

「にーはいつまでボクチャンに一人でごはん食べさせるのさ!にーはいつまでボクチャンを一人で寝かせるのさ!」

二之宮の腹を遊杏は力一杯叩く。二之宮は突然の食事をしたお陰で戻しそうになる腹をどうにか抑えると遊杏をベッドに乗せてあげた。

「じゃあ、今から一緒に寝ようか」

と、二之宮は布団に潜り、

「早すぎるよ!」

遊杏は二之宮を揺する。彼はうーうー唸ると体を起こした。

「何してほしいんだ?」

「ごはん食べて」

二之宮の食い掛けバナナを手にした遊杏は怒る。

「食欲ないんだ」

……………………………………。

「にー」

「?」

「うーちゃんが言ってた。美味しいごはん食べたらきっと元気になるって。ボクチャン、にーの為に、にーが好きなの沢山作ってたんだよ?でも、にーは食べにきてくれない。呼んでもきてくれない。元気になるなら食べにきてくれなくてもいいって思った。寝れば元気になるならって。でも、にーは全然元気にならない。どんどん疲れていっているように見える。にー、ごはん食べて!そんなんじゃ、くぅちゃんが心配するよ!」

「…でも、僕は崇弥(たかや)に会えない」

憂いを帯びる顔。

「1週間なんてすぐだよ!」

「遊杏…僕のせいなんだよ?僕が崇弥を好きになったから」

遊杏は笑わない。

遊杏は二之宮に逆らえないが、そんな理由からではない。

洸祈のことは純粋にそれでもいいと感じているから笑わないのだ。

「僕が崇弥に会わなければあんなことにはならなかった。会わなければ」

最初からなかったことにすれば何も起きなかった。

すると、

「にー。ボクチャン、にーのこと見損なったよ!」

「なんで僕が遊杏にそんなこと言われなきゃいっ!っぐっ!!!!」

再びバナナ。

二之宮は黙らせられた。

「そうだよ!今のにーはボクチャンにそんなこと言われるくらい、ダサいんだよ!ひょろいんだよ!女々しいんだよ!」

ダサい、ひょろい、女々しい。

バナナを飲み込んだ二之宮は遊杏の紺の瞳を正面から見下ろした。

「遊杏…僕の悪口かい?」

黒いオーラだ。

遊杏は口を紡ぐ。二之宮の命令は絶対。これ以上、機嫌を損ねたら強制野宿になりかねない。

だけど、ここで負けられない。

「言い返せないからって!今のにーのは、負け犬の遠吠えだもん!」

ぶちっ。

「遊杏!!!!!」

「にーのばかぁ!!!!!!!」

怒鳴る二之宮に怒鳴り返す遊杏。

そして、遊杏は……泣き出した。

「ばかぁぁあああ!!!!!にーのたこぉぉおおお!!!!」

…………………………あーもう…。

「分かったよ。食べてやるから。カボチャパイでも、アップルパイでも」

にっこり。

「キドニーパイでも、シーチキンワサビパイでもね!」

全部二之宮の好きなもの。遊杏は真っ赤に瞼を腫らして言う。

「………っははは、はははは。パイばっかだな」

二之宮は笑った。

「………えへへ、っはははは。パイばっかだね」

遊杏は笑った。




「好きな人の傍は一番心地いいんだよ」

遊杏はアップルパイをくわえた。

ぼろぼろとパイが溢れる。

「遊杏、食べながら喋るなよ」

二之宮が注意するとほへっと遊杏は首を傾げた。そして、にこりと笑んだ。

「うん。ボクチャンは、にーの傍が一番心地いい」

然り気無い。

二之宮は呻いた。

「これが崇弥の気持ちか~」

「にー?」

口の回りにパイを付けた遊杏。

「遊杏、可愛い」

二之宮はパイ屑を舐め上げた。

……………………………………。

ぽろっ…

アップルパイが皿に落ちる。


「にー!!!!」

遊杏は…肩を竦めて、顔を真っ赤にして二之宮に抱き付いた。

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