旅行(9)
「琉雨、石を」
洸祈の鞄から標準装備の透明な鉱石を取りだすと、琉雨は洸祈の手のひらにそっと置いた。先の尖ったそれは並みの衝撃では欠けず、陣作成に重宝される。
それは逆に言うと簡単な衝撃で人間の皮膚は切れるのだ。
洸祈は畳を外しきったコンクリートの上に尖端を滑らせる。
「こんなことばれたら追い出されるだけじゃすまないだろうな」
「くぅちゃんの人でなしぃ!にーの為だよ!」
遊杏の頬が膨れる。
「分かってる。二之宮は大切だ」
コンクリートは削れ、そこに白い線、溝が生まれる。作成するのは用心屋にあるメンテナンス用の陣。
素早く、正確に描いていく。
「琉雨、二之宮の縄外すから魔法で動きを封じてくれ」
「はい」
二之宮の縄を洸祈は外し、抱きしめる。
「やってくれ」
背中から青白く光る羽が生えた琉雨を中心に形成される魔法陣。
そして、
「禁縛―」
と、
「駄目だ!琉雨!」
洸祈は慌てて二之宮を押さえた。
陣は消え、琉雨は駄目だと言われてポカンとする。
「どうしてですか?普通の人にはこれが一番魔力を使わずに…」
「普通じゃないんだ。こいつの魔力は桁外れなんだよ。やったら俺の魔力がなくなるギリギリになる」
「魔法使いなんですか!?」
「こいつは特別さ。普通じゃない。俺のような普通の魔法使いじゃない」
「……分かりました」
次なる方法を考えて唸る琉雨。
「うーちゃん。ボクチャンに任せて」
遊杏だ。
彼女は二之宮の前に立った。
「…杏」
「杏ちゃん…」
「くぅちゃんには魔力を消耗させたくないから。ボクチャンもにーを助けたい」
遊杏は許可を求めるように洸祈を見詰める。
それを拒む理由は無い。洸祈はゆっくりと頷いた。
「倒れても、俺には二之宮のメンテナンスに使う魔力しかないぞ」
「ボクチャンはにーのおかげで生きているんだよ?…ありがと、くぅちゃん」
「無理するな」
「うん」
少女も頷く。
『対象を決定』
波色の瞳が二之宮を捉えた。二之宮の体が洸祈の腕の中でピクリと反応する。
するのは説明は簡単なこと。しかし、実行するのは大変なことだ。
運動神経に直接刺激を与える。
『解析開始』
無機質な声音。
『対象の神経を確認……縛ります……』
幼い少女の額に汗。
『…縛りました』
見た目には違いがないが、二之宮は立つ以外の行動を失っていた。
「成功か」
安堵の溜め息を吐く洸祈。
「杏ちゃん、大丈夫?」
琉雨は顔を青くする遊杏に手を添える。
「うん」
しかし、遊杏は紺に瞳の色を戻すとがくっと琉雨に凭れた。
「杏ちゃん!」
「杏!」
「大丈夫にゃー」
零れる笑み。
弱々しく、しかし、はっきりと遊杏は応える。
「頑張ったな」
「にーが大好きだからっ!にーの笑顔がだいだい大好きだからっ!」
「治してやる」
遊杏は無表情の二之宮を見上げて言った。
「じゃあ、後は俺一人でするから」
洸祈はポケットから紙幣を2枚取り出して琉雨に渡す。
「でも」
琉雨は紙幣を手にして食い下がるが、洸祈は曖昧な表情で頭を掻いた。
「その…なんだ……居ても問題ないが…問題があって…な」
言いにくそうに洸祈は言う。
「ボクチャンはにーと一緒にお風呂入ってるからにーの裸くらいなんともないもん!」
遊杏はほっぺを膨らまし、琉雨はほっぺを赤くした。
「あーあ」
洸祈は遊杏の神経のず太さを忘れてた。
「うーちゃんだってくぅちゃんの裸くらい見たことあるでしょ?」
……………………………………。
「杏!」
「な、ないよぉ!!!もぅ…だって一緒にお風呂入ったことないもん」
ジー
遊杏が目を据わらせて洸祈を見る。洸祈は目を逸らした。
やめろ、俺は琉雨を女性として見ているんだ。
とは言えない。
「ほら、終わったらすぐ呼ぶから。杏はよくても二之宮がよくない」
そんなことないよ。そう言った彼女は琉雨を引っ張って行った。