旅行(6.5)
「旦那様?」
「にー?」
…………………………………。
物音なし。
どうやら出掛けているようだ。
「どうしよう」
「にーの馬鹿ぁ!!ボクチャン達を閉め出すなんて!」
遊杏はドアにへばりついて膨れっ面をする。琉雨は疲れ切った足を投げ出して床に座った。
「はう…」
早く寝たい。
琉雨は洸祈達をただただ溜め息を吐いて待つ。
が、
「あ、鍵」
「ほへ?鍵ですか?」
うーんと唸る遊杏は託された鍵の存在に気付いて苦笑した。
「えへへ。忘れてた」
「もう」
強く怒れずに琉雨は立ち上がる。
がちゃ。
二人の少女は慣れきった部屋に駆け込む。そして、その場に荷を下ろして一息吐いた。
「タオルないし、お風呂だね」
「いいなあ。うーちゃん、ボクチャン達もお風呂いこーよー」
既に風呂の用意をする遊杏は、琉雨の手を引く。
「お部屋を空けたら泥棒さんが…」
「だから、鍵があるんだよ。いこっ」
疲れた体に風呂は素晴らしい。
琉雨は立ち上がった。
「うん。いこっ」
リヴァは空を仰いだ。
「うーん。温泉はいいなあ」
「私は慣れません…」
その隣でアクアは縮こまる。
「アレンもレインも逆上せて帰ってきたしな」
「ゆでダコって言うんですよね」
「ゆでダコだな」
ライルに抱えられた二人は完全に伸びていた。そして、熱いとうわごとのように繰り返し、アクアの団扇のお世話になっていた。
「あれ、誰かいる」
跳ねる茶髪の少女。
「本当ですね」
肩辺りで緩くウェーブする髪の少女。
「洸祈と蓮とこの」
リヴァはじっと幼い体を見詰める。それに対して遊杏はリヴァをじっと見詰め返した。琉雨はというと怯えて遊杏の後ろに隠れる。
「ほへ…あの人、見てます」
「大丈夫だよ、うーちゃん」
「?」
首を傾げる琉雨。遊杏はにこりと笑い、波色に光る瞳を細めた。
「ね?リヴァ…シュ…ヴァ?ルツ…コー…ティ…うーん…めんどいからきょーちゃん!」
「きょーちゃん?」
リヴァ本人もキョトンとする渾名を琉雨は聞き返した。
「えーっとねぇ…―」
遊杏はにやりとして琉雨に耳打ちをする。すると、琉雨の顔がぼっと赤くなり、タオルを胸に強く抱いた。
「何て言ったんでしょうか?」
「さあなぁ」
「聞きたい?」
遊杏がお湯を被ると、リヴァの傍にばしゃりと入った。
「何で私の渾名はきょーちゃんなんだ?」
「教えてもいいけど、横の人は聞かない方がいいよ?」
横の人ことアクアは、分からずにリヴァを見る。
「アクア、どうする?」
「どうするって…」
「ま、いいよ。きょーちゃん、お耳貸してー」
リヴァは素直に小さな手で作ったメガホンに耳を当てた。
あのねぇ…
「…―杏ちゃん、ダメです!!!!」
と、琉雨が止めに入った時は遅く、リヴァはこほんとおもむろにに咳払いをした。
「リヴァさん、なんて言われたんですか?」
アクアの問いには一言、
「アクアはひぃちゃんだそうだ」
それだけ。
「杏ちゃん、ダメだよ。あんなこと言っちゃあ!」
「いーじゃん。分かりやすいもん」
その後、流石の琉雨でも、コツンと頭に拳をぶつけた。
リヴァ・シュヴァルツ・コーティーは長いから外見で……
いつになったらボクチャンの胸あんなにおっきくなるんだろうね。
「まだかなぁ…」
「遅すぎる」
洸祈は壁に凭れてため息を吐いた。
琉雨達はとっくに帰っているはずだ。
なのに開かない。いない。
なんで?
「迷子か!?」
「遊杏だよ?迷子はないね」
「だって…」
「どうしよ…誘拐!?」
「遊杏だよ?そこらのやつは返り討ちだって」
「―…だって!」
「ほら、帰ってきた」
二之宮の指差す先、二人の幼子は湯気を纏わせて歩いて来ていた。
「心配しすぎ」
「うっせ。自分だって浴衣握り締めてるくせに」
「怒ってるの」
ふくれっ面の二之宮は遊杏を睨み付けた。洸祈は本気の二之宮に首を傾げて少女達を見る。
「あぁ…」
仲良く歩く彼女の後ろには、
「リヴァさん…」
背後には黒いオーラだ。
「遊杏にはちゃんと常識を教え込む必要があるようだ」
「どうしてくれんだよ…」
青年二人は頭を抱え込んだ。