旅行(6)
3時間耐久温泉。
「逆上せるの早いよ」
「頭痛い…」
ベンチに伸びるのは洸祈だ。
そんな彼に団扇で風を送るのは二之宮。
結局、1時間ちょいで出た二人は庭に通じる休憩所にいた。
「部屋の鍵は琉雨達だから入れないし…暇」
「そーだねぇ…」
レトロなストーブの前で、する事なしに二人は物思いに耽る。
「ちょっと訊いてもいい?」
二之宮はそう切り出した。
「何?」
洸祈は聞き返す。
「あのさ、夕霧とはどう?」
「どうって?」
曖昧な二之宮に再び洸祈は聞き返した。
「一線越えた?」
「はい?」
二之宮の言わんとしていることが分からない。
「だから、夕霧と…ヤった?」
「やるって…」
洸祈はじっと二之宮を見詰めると、微かに…否、露骨に大きく離れた。
「何訊いてんだよ!それに、全然、ちょっとじゃない!!」
「ちょっとだけ戸惑いながら言っただろう?」
二之宮は「ワンクッション置いただろう?」と清々しく続ける。
「ヤっただの訊くのに戸惑いを混ぜたって変わんない!」
「変わるね。もしかしてヤっちゃったの?」
さらりと彼は訊いた。
「ヤってないって!」
「ふーん。でも、キスの次は…ヤるんでしょ?」
眉を曲げる洸祈を徐に引き寄せた二之宮は、その場に誰もいないのを理由に唇を重ねる。
「多分ヤらないよ。あいつ、そう言うの疎そうだし…」
太股に伸びている二之宮の手を掴んだ洸祈は返した。
「そうかな。第一、男とキスを考えた時点でヤる気満々でしょ。でもさ、迫られたらどうする?」
「……………俺は」
「彼は一途で真剣だよ」
「知ってる」
庭を見詰めて口ごもる洸祈の肩に掛かるタオルを手にした二之宮は彼の水滴の滴る髪をそっと拭く。すると洸祈は目を閉じ、壁に凭れた。
「だけど、正直俺は怖い。もしかしたら俺はその時になったら拒むかもしれない」
「館が怖い?」
拭く手が力を緩めて赤茶の髪を優しく撫でる。
「怖い。俺は陽季が好き。だけど…いや…好きだからこそ、俺はあいつに自分の醜さを見せたくない」
全てを投げ捨てて身を売る自らの汚いところ。
「あいつが真剣だからこそ、こんな中途半端な気持ちは嫌なんだ」
「でもさ、夕霧は解っているんじゃないのかい?身売りの君の手を引いたのは彼なんだから」
「夕霧……………」
漆黒の瞳は白い肌、白銀の髪、白い着物に映え、心の中を見透かしているようで。
「二之宮…」
「どうしたの?」
「陽季が…………………怖い」
自らの体を抱く洸祈。
「清、駄目だよ」
二之宮はそんな彼を包み込むように抱く。
「そうやって逃げていたら清は幸せになれない」
「俺に幸せになる資格なんて」
「ある。清、夕霧は君の意思に反することはしない。君が嫌がれば、喩え、食欲旺盛で年中、君で妄想していそうな夕霧でも無理矢理はしないさ」
二之宮は伸ばした片手を洸祈の浴衣の襟元から偲ばせて言った。
「時間をかけて話し合って決めればいいよ」
くすりと二之宮は笑う。そして、
「なんなら夕霧に僕が指導しようか?どっちが受け攻め?」
…………………………………。
「俺、攻めがいい」
と、言えば、
「ちょっ、笑わせないでよ」
本気で二之宮は笑い出した。
「何で笑うんだよ!」
「訊いた僕が馬鹿だったよ。清、好きだよ」
「逸らしたな」
膨れっ面の洸祈の頬を引き延ばすと、二之宮は洸祈の膝に頭を乗せる。
「清、僕は君が大好き」
「…………」
洸祈は何も返さない。
微かな違和感に二之宮は洸祈の正面を向く顔を下に向けた。
「清?」
緋色が二之宮の紺だけを見詰める。そして、一瞬だが、その色に他の色が混じった。
二之宮ははっと息を詰める。
「せ…い…」
赤黒い濁った瞳。
憎しみの隠った色。
にこり。
「俺は洸祈だよ」
口許は笑みを称えているが、目は笑ってはいない。
「………………あ…うん。そうだね」
握り込まれた手の内がびっしょりと汗をかくのを感じながら二之宮は曖昧に返事をした。