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啼く鳥の謳う物語  作者: フタトキ
旅行 【R15】
125/139

旅行(4.5)

「私の楽園

 一時の快楽に

 この身を沈めた

 甘い夢を求めて

 消えない愛を求めて」

二之宮(にのみや)の声が聖堂に響き渡る。音響効果なんてものはない。あるのは声と体だけ。

「この歌は…」

人形の歌。



何もない体を引き摺って求めたものは酷く抽象的で儚いもの。



二之宮はこの歌を嫌い、また、好んだ。

「今だけ

 私を求めて

 今だけ

 私を愛して

 今だけ

 狂った私を

 抱き締めて」

これは自身の言葉。

洸祈(こうき)であり、

二之宮であり、

(せい)であり、

(ろう)の言葉。



過去に縛られる人形の言葉。



「偽でも

 嘘でも

 なんでもいい

 ただ

 独りにしないで」

二之宮の視線が洸祈の目を捉えた。否、歌いだしたその時から二之宮は洸祈しか見ていなかった。

長い髪がない風に揺られ、光を反射して洸祈に届ける。



暗い闇に突き落とさないでと人形は手を伸ばす。



「虚しさに喘ぐ声もなく

 悲しさに寄せる歌もない

 全てを喪った

 だけど

 それが私の楽園」



しかし、その手は空を切り、何も掴めずに堕ちる。

そして考える。

あのまま地を這いずり続ければよかったのか。

それとも、

夢に溺れて堕ちた底で餓えに耐えればよかったのか。

どちらを取るべきだったかを今更のように考える。



「んっ!!?」

洸祈は突然後ろ髪を引っ張られたかと思うと鼻と口に布を押し当てられた。

この匂いは…クロロホルム!?

一瞬の出来事。

脱力した体を脇から支えられて後ろに引き摺れる。急に引いていく意識の中で目を見開く二之宮を見た。

―サイゴマデウタッテ―

その歌は最後まで聞かなきゃ意味がない。洸祈は声にならない言葉を発した。



「あ、起きた」

「…………………誰」

デニムのミニスカートに胸の大きく開いた長袖。長い金髪の猫のような目をした女が洸祈を見下ろしていた。この女だけじゃない。もっと多くの女が洸祈を見下ろしていた。

「ねぇ、お兄さん。私達と遊ばない?」

あぁ、女は怖い。

「いいよ。この手錠を外してくれたらね」

「やぁだ。だって、私達か弱いから」

金髪のあの女が厭らしい笑みを浮かべて洸祈の頬を撫でた。

「だから、あの気持ち悪い目を持つ女で遊ぶ間、お兄さんを足留めする条件で馬鹿な男にお兄さんを連れて来させたの。声はいいけど、あんな女の何処がいいの?別に私達でもいいんでしょう?」

嫉妬。独占欲。憎悪。

気持ち悪い。

「底に堕ちた人形。愛に餓えて、もがき、苦しむ。こんなにも辛いなら…あのままでも……空に飛べなくてもいい。ただ、こんなにも辛くならなかった」

「何?この人おかしい」

「痛い。痛い。痛い。苦しい。苦しい。苦しい。悲しい。悲しい。悲しい……人形は少女に出会った。彼女は人形の手当てをした。人形は彼女に餓えを満たしてもらおうとする。偽でもいい。嘘でもいい。愛を愛を下さい。と…でも、空っぽの少女はそれに応えることが出来なかった。そして二人は不器用に言葉を積み上げていく。最後に二人が乗せたもの…それは愛だった」

「こいつ、キモッ」

一人の女が洸祈の脇腹を蹴った。何処からか他の女が持ってきたらしいバケツから真冬の冷たい水を掛けられる。

「お姉さん」

髪から水を滴らせながら洸祈は金髪の女を見上げた。

「なぁに?お兄さん」

「訊いたよね?別に私達でもいいんでしょう?って」

女は洸祈のシャツを脱がしながらにこりと微笑む。

「そう訊いたわ」

「俺は人形なんだ。そして、あいつは少女なんだ。俺にはあいつが必要で、あいつには俺が必要なんだ。人になるために俺達は互いに言葉を積み上げていかなきゃいけないんだ。お姉さんは人かもしれない。だから一時の快楽に溺れても闇に堕ちないかもしれない。でも、俺達は違う。積み上げてきたものが壊されたら俺達は再び堕ちる。俺は別にもがき、苦しんでもいい。だけど、あいつが引っ張るから俺はあいつが堕ちないように支えなきゃいけないんだ。だからね、俺はあいつじゃなきゃいけないんだよ。俺は積み上げてきたものを壊す奴を排除しなきゃいけないんだよ」

ガシャ

洸祈の手を拘束する手錠の一部が熔け、落ちた。

「なっ!」

周囲の女がキャーキャー悲鳴をあげる。金髪の女は悲鳴をあげずにずるずると後退った。

洸祈は砂に汚れた服を叩き、水に濡れた頭を振ると立ち上がった。

「お姉さん達はか弱いんでしょ?早く俺から逃げなきゃ」

洸祈はぐるりと周りを見渡した。来たことあるから分かる。どうやら聖堂裏の倉庫の中のようだ。

女達は我先にと出口に走る。洸祈は動けないでいる金髪の女の前にしゃがんだ。

「な、何よ!」

「あいつの居場所は?」

「言うと思う?」

「脅したら言うと思う」

女は目を見開いた。

「警察に通報するわよ!」

「人は一時の快楽に溺れても闇に堕ちない。それは、一時の苦痛に溺れても闇に堕ちない。ってことでもあるね。大丈夫。お姉さんが二度と使えなくなるぐらい壊れるぎりぎりで止めておくから安心してね」

怯え。

洸祈は言葉で心を脅す。

「くっ。隣の牧場の納屋よ!」

「ありがとう」

洸祈は女の腹を殴って気絶させた。



「!!!!!にのみ―」

「遅い!」

納屋では男が積み上げられていた。頂点に二之宮が座っている。女の格好のまま。

「遅いよ!!」

「大丈夫か?」

「大丈夫だよ。にしても、むさい男がわらわらと寄って集って劇場の花形のこの僕を落とそうだなんてね」

洸祈は座って不愉快愉快と話す二之宮を降ろしてあげた。

「何にもされなかったんだ。良かった」

「良くない!僕は王子が助けに来てくれるのを待つ歌姫なんだぞ!!目のこと執拗に言われて…僕は待てなかった!」

「二之宮…」

「でも、そんなになって…助けに来てくれてありがとう、私の王子様」

二之宮は腕を回して洸祈にキスをした。

「では、慰めののキスはいかがですか?私のお姫様」

「訊かないでよ」

洸祈は二之宮にキスをした。

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