旅行(4)
「僕はここに残る」
「いこーよぉ」
「遊杏、分かってて僕を誘うな!」
頑として動こうとしない二之宮の腕を遊杏は引っ張る。
「どうしたんですか?」
琉雨が今まですんなり追てきていた二之宮の態度の変わりようを洸祈に訊ねる。
「あぁ、二之宮は怖いん―」
「怖くない!」
二之宮の怒声。
遊杏はぷくっと頬を脹らますと洸祈のもとに駆け寄り、その手を引っ張った。
「ふーんだ!にーは迷子になってお化けの国に連れさらわれればいいんだー。行こ、うーちゃん、くぅちゃん」
「いいの?杏ちゃん」
「いいもん……にーのばか」
……………………………………。
「二之宮、行くぞ」
「嫌だよ。僕はお化けだけは大の苦手なんだ」
「杏が泣きそうだ」
遊杏は笑いながら琉雨に抱き付くが何処かその笑顔が暗い。琉雨はそれを感じて遊杏を優しく抱き締めている。
「でも…足が鋤くんで歩けなくなる」
二之宮としても一緒に行ってあげたいのだろう。しかし、動けないのだ。二之宮のは普通の人間の怖いとは比にならない。
「俺がお姫様抱っこでもおぶってでも連れてってやる。杏はそれでも一緒に行って欲しいんだよ」
二之宮は俯き爪先を見る。やがて顔を上げた二之宮は覚悟を決めていた。
「ご褒美は?」
「へ?」
震える足を一歩一歩と進めると、洸祈の横をすり抜け様ににやりと約束をつけた。
「今夜は寝ずにパーティーでもしようか。大人二人でお風呂で」
「は?待てよ!」
洸祈は意味の理解に手間取って後ろを向いた時には彼は既に少女達の輪に入っていた。遊杏が瞳を潤ませて二之宮を見上げる。
「遊杏、行ってやるよ。その代わり、このひ弱な歌姫を全力で守ってくれよ」
まるで開花するかのように本物の笑みを浮かべた遊杏は二之宮に抱き付いた。
「にー!!!!!がってんしょーち!ボクチャンがにーを守ってあげる!!」
「二之宮!!どさくさ紛れに変なとこ触んなよ!」
「僕、死ぬ」
「おい!だから、どこ触ってんだよ!!」
死ぬを連発しながら二之宮は洸祈の脇の下を触る。
洸祈は悲鳴を上げるのを堪えて二之宮をどうにか落とさずにお姫様抱っこを持続する。
二之宮を守ると意気込んだ遊杏はというと…
「…うーちゃーん……」
「大丈夫、ルーがいるからね」
と、
琉雨に守られていた。
「お前ら似たり寄ったりだな」
洸祈は二之宮に話し掛けるが彼は臍辺りまで洸祈の服を引っ張りあげて直に脇腹を探っていた。
「聞いてよ。てか、死にそう」
二之宮は洸祈を無視して独りでに呟く。
「やだ。てか、触んな」
は、ことごとく無視される。
「遊杏がリュウ君、お家に連れてきてもいい?って僕に訊いてきたんだ。それでね、死ぬ」
二之宮の行為は少しずつエスカレートしていく。左右からはお化けのおどろおどろしい叫び声。前後からは遊杏の悲鳴と知らぬ女性の甘える声。それらを無視して二之宮は洸祈Tシャツをどんどん上げていく。
「二之宮!やめろ!死にそうなのは分かったから!」
は、ことごとく無視される。
「耳を疑ったね。リュウ君だよ!?遊杏が男作ったんだよ!?そう思ったね。でね、死にそう」
遂に二之宮はTシャツを首元まで上げきると腕を回して頬をくっつけた。両手が塞がっている洸祈は唇を噛んで正気を保つしかない。
「リュウ君の髪の毛さらさらでスッゴク長いの。なんて言った時は息が止まったね。男で長髪。ろくな男じゃない。千里君は別さ。男であの美貌。寧ろ、尊敬するね。でもさ、その日の夕食、風呂、寝る時でさえ、リュウ君、リュウ君。悪夢かと思ったよ。そのリュウ君を連れてきてもいいかという質問に対して曖昧な答えを返して1週間。遂に遊杏はリュウ君を明日連れてくると言った。あ、死ぬ」
「で?だから?早く服戻せよ!」
は、ことごとく無視される。
「その日は気が気でなかったよ。試験管は計5本割ったし、うっかり薬草を間違えて小規模の爆発を起こさせたし。で、リュウ君は…なんと!何だと思う?」
「女の子だった。だろ?」
「いや、雄のゴールデンレトリバーだった。はぁ…死ぬかも」
……………………………………。
首に腕を回した二之宮は洸祈の頭を無理矢理引き寄せて頬を舐めた。こいつこそゴールデンレトリバーじゃねぇか。と、心の奥底でぼやきつつ、思考は二之宮の話に向く。
「髪の毛?さらさら?」
「頭の毛は髪の毛。たとえそれが人間の頭じゃなくても…。遊杏はそう思ってたらしい。近頃の教育は一体どうなってんだ。僕は遊杏の将来が心配だよ。因みに、捨て犬のリュウ君は今、僕の家にいる。セイとスイが食われないよう世話しているんだ。分かる?僕、死にそう」
今度見せるよと二之宮は洸祈の唇を啄んだ。
遊杏の悲鳴が止む。どうやらもうすぐ終わりのようだ。この暖簾を潜れば…
……………………………て言うか!
「俺は露出狂じゃねぇ!」
洸祈は二之宮の膝下で支えていた腕を抜いて、抱き付く二之宮ごとコートの前を寄り合わせて隠した。
「だ、だ、だ、だ旦那様ぁ!!!?」
「く、くぅちゃん!!!?」
琉雨と遊杏が驚きすぎとつっこみたくなるくらい驚いている。太陽の眩しさに目を細めながら状況理解をする。
コートの中だから、二之宮が誰だか分からないのだと思い、
「ここにいるのはにのみ―」
「誰ですか、その女の人は!!!!」
「くぅちゃん、不埒だ!!!!」
やめてくれ。ここは公衆の面前で……
「って、女!?」
琉雨の指差す先。
コートの中には二之宮が…
金髪が
長い金髪が
コートから覗いていた。
「女ぁ!!!?」
ガリッ
あらぬところを噛まれた。
「うわあぁぁ!!!!!!」
洸祈は思わずコートの中の人を引き剥がして無様に尻餅をつく。
中には…長い金髪の…
「二之宮!何してんだよ!!!!」
桂をかぶった二之宮がいた。
「蓮さん!!」
「にー!」
「だってほら、お姫様抱っこだよ?男同士じゃあねぇ。崇弥の為に桂をかぶったというわけだよ。あー、やっと終わったよ」
立てた人差し指を唇にそえて二之宮は唖然とする洸祈にウインクする。
「紛らわしいことすんなっ!!」
洸祈は二之宮の差し出された手を掴んで起き上がりながら呻く。
「だって清に色目つかう女、男が沢山いたから。本当はあのまま外に出て散らそうとしたのに…まだ諦めきれてないのがいる。トイレとか行った時に襲われるよ?」
「襲われるわけないだろうが」
「じゃあ、一人でトイレ行ってきなよ」
二之宮は至って真剣。琉雨達は二之宮の髪を弄って遊んでいる。
「分かった行ってくる」
……………………………………。
「にー、くぅちゃんは?」
「トイレ。ほら、1人、2人、3人、4人。続々と入ってく」
「凄い混んでますね」
琉雨がぽかんと口を開ける。
「今だけだよ。あ、早い。おーい」
「旦那様ー」
「くぅちゃーん」
洸祈はトイレからずかずかと出てきた。二之宮はにやりと、琉雨と遊杏は無邪気に洸祈を呼ぶ。
「次はコーヒーカップいこー」
「行きましょー」
「あ、あぁ」
何事もなく洸祈は返事をして二人についていく。
「どうだった?」
「個室に入って、外を窺ってたら思い出したくもないこと呟く男が集まってきたから全員殴って気絶させてきた」
あんなことをトイレで言うんじゃねぇよ。怒鳴りたいのを必死に我慢した代わりに力加減はできなかった。
「世の中どんなに拳が強くても勝ち逃げはできない。特に女は怖いからね。武器の使用が凄まじい。暫くこの姿で一緒にいるよ」
女の凄さを知る洸祈は今だけ二之宮が腕にくっつくことに感謝した。