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啼く鳥の謳う物語  作者: フタトキ
旅行 【R15】
120/139

シュヴァルツ

宿屋1階。

ロビーですることなく、ある団体を待っていた洸祈(こうき)は声を掛けられて、閉じていた瞼を開けた。


「久しぶり」

変わらぬ甘い声でアレンは手を振る。

「久しぶりだな」

洸祈は欠伸を噛み殺してそれに返す。

「随分と成長したんですね。本当に大人しい」

「俺の知り合いには負けるけどあんたも随分の童顔だよ」

二人の間に青い火花が散る。

「俺に負けたことがそんなにショックでしたか」

「はぁ?負けてねぇよ。あの団長が来なかったら俺は勝てたね」

「何言ってるんですか?団長が来たからこそ貴方は助かった」

「あんたの剣には迷いがあった。隙だらけだったんだよ」

「負け犬の遠吠えはよしてください」

「吠えてねぇよ。あんたが先に突っ掛かってきたんだろ!?」

「はぁ!?それを言うなら貴方が先だ!」

「童顔の一言にか!?そんなの一々気にするなんて、あんた、ほんとに心が狭いんだな!!」

「頭にきました!!あぁいいですよ!決着つけようじゃありませんか!!」

「そうだな!!!!」

二人の手が腰の剣、刀に掛かる。

ゴンッ

重く、深い音。

「餓鬼がびーちゃーうるせぇんだよ!」

『――――!!!!!!』

絶句。

頭を抱えた二人は涙目で殴った主を見上げた。

長い髪を後ろで高く一つにくくった美女。というより…

『……鬼』

ハモり。

「もう一回欲しいか」

と、鬼ことリヴァ・シュヴァルツ・コーティーは両拳を振り上げた。アレンと洸祈は生唾を飲み込んで踞る。

「リヴァさん、駄目ですよ。また、殴ったら記憶がとびかねません」

茶髪の女性。アクア・マーティリエはリヴァを宥める。

「アクアさん」

アレンは救いの女神に尊敬の眼差しを送った。洸祈はそっぽを向いたままだ。

アクアはにこりと笑むと洸祈に手を差し伸べた。洸祈は戸惑いながらもその手を掴む。

「…………ありがとう」

「どういたしまして」

「俺は?」

アレンは掴むもののない手をぶらぶらさせた。

「ほら、アレン」

髪のないつるりとした頭の大男、ライルはアレンに仏頂面で手を差し伸べた。

「ライルさん…俺には貴方でしたか」

「俺じゃ不服か」

「まぁ、どちらかと言えば」

さも残念そうにアレンは言い、ライルの手を掴んだ。





とある一室。

「アリアスが動き出した」

リヴァは重々しい声で切り出した。

「えぇ」

洸祈は胡座をかき、太股に肘を置いて頬杖をついた。

「洸祈、貴方は姿勢が悪いですね。心もそう曲がっているんでしょう」

「アレン、あんたの心は真っ直ぐかもしれないが、それは他の意見を聞く気がないと言うことだろう?」

洸祈はアレンを一瞥して言った。

「よく言いますね。少しばかり貴方のことを調べさせていただきましたが随分な経歴で。貴方の方は曲がりきっていて尚且、他の意見を聞かないんじゃないんですか。カミサマに館―」

チリン

澄みきった鈴の音。

「アレン、死にたいか?」

一瞬の出来事だった。

仰向けに倒されたアレン。その首には刀が添えられていた。銀の刃が妖しく光る。

洸祈は感情のない瞳でアレンを見た。

沈黙がその場を支配する。

……………………………………。

「洸祈、悪かった。だから私の護衛を放してやってくれ」

「リヴァさん」

シュヴァルツ商団、総団長、リヴァは深々と頭を下げていた。その隣でアクアがそっとリヴァを支える。

洸祈はそんなリヴァの姿を見ずにゆっくりと刀を離した。

アレンは洸祈を正面から目を放さずに、剣に掛けていた手の震えに気付いてもう片手で強く押さえた。

「すまない。俺が悪かった」

体を起こしたアレンが俯いて謝る。彼なりの精一杯の謝罪だ。

「俺の過去の話はしないでくれ。他人にベラベラと喋られて気分がいいものじゃない。あんただって隠したい過去があるはずだ。忘れたい過去があるはずだ。俺の過去は俺自身で片付ける」

洸祈の言葉を無言で受け止めるとアレンはすっと立ち上がった。

「……リヴァさん、ちょっと席外して頭冷やしてきます」

「あぁ」

「……………俺も」

部屋を出たアレンを追うように洸祈も部屋を出た。

「あ…」

思わず追おうと立ち上がったアクアをリヴァが引き止めた。

「…リヴァさん」

「心配するな。似た者同士、小競り合いも多いが同時に最高の理解者でもあるんだよ」

「あれがですか」

ライルが窓から外を覗いている。見れば洸祈とアレンが怒鳴り合いながら散歩道を歩いていた。

「私には、はしゃいでるように見える」

「言われて見れば…アレンが同年代の子とああやって話すの洸祈君だけですよね」

アクアが窓枠に頬杖ついて溜め息を吐く。残念なような嬉しいような、曖昧な顔で言葉を溢す。

「羨ましいか?」

洸祈が持ってきた資料に目を通しながらリヴァは訊く。

「正直羨ましい……って何言わせてるんですか!!?」

「私は言わせてはないぞ。なぁ、ライル」

「一応は」

ライルはない頭を掻く仕草をする。

「私…」

ふっとアクアの表情に陰が差した。リヴァは目線を上げてアクアを見る。

「アクア、アレンはフローラへの未練を引き摺ってるけど、今のお前を真っ正面から見ているよ。フローラに似た女の子じゃない。アクア・マーティリエを」

「分かってます」


「気は済んだか?」

『まぁ』

ハモり。

肩で息する二人は畳の上で姿勢を崩した。かと思いきや、二人とも寝転がる。

「疲れた」

「疲れました」

リヴァを除いてアクアとライルは苦笑するだけだ。

茶を啜りながら二人の回復を待ってリヴァは話を再開した。

「資料には目を通させてもらった。これだけの情報、よく集めたな」

「俺の昔馴染みは優秀ですから」

「こちらの持つ情報とあまり大差ない」

「違うところがあるんですね」

洸祈はリヴァに身を乗り出した。

「一ヶ所だけ」

『何処ですか?』

脳に直接響く声。

「―誰だ!?」

真っ先に反応したのはアレンだ。彼は剣を構えてリヴァの背中に回る。

「洸祈、誰だ?」

至って冷静にリヴァは洸祈を見た。洸祈は答える代わりにパーカーの前を開けた。

「…蝶々」

アクアが呟く。

黒蝶。大きな翅を持つそれが洸祈のTシャツにへばりついていた。

蝶々はゆっくりと翅を立てると宙に飛び、洸祈の頭に留まった。

『こんにちは。僕が崇弥(たかや)の昔馴染みさ』

アレンは蝶々の存在を認めると剣を収めた。

「何故そのような」

リヴァが興味深そうに蝶々を観察する。ライルも驚きながらも見る。

『電話なんて簡単に盗聴できる。これの方が安全で正確だ。速度は遅いけど……それよりも何処が違うの?』

昔馴染みこと、二之宮(にのみや)は素早く話を戻した。

夜歌(よか)への橋渡し」

『あぁ……夜歌か…。そこは僕の推測のもと書かせてもらった。崇弥、説明してくれなかったのかい?でも…夜歌…その方が納得するね。素晴らしい情報をありがとう』

「お互い様だよ」

リヴァが蝶々に頭を下げた。蝶々も全身を使って頭を下げているようだった。

これで洸祈の目的は終わり。

「それじゃあ帰ります」

「あぁ。私達の都合で遠くまでお呼びしてすまないね。なんなら今日はここに泊まっていったらどうだ?宿代はこちらが払うぞ?」

「いえ、折角ですが。仕事があるので」

「大変だな」

リヴァは茶を再び啜って言った。

頭を下げる洸祈にアレンは手を振る。

「じゃあ」

「あぁ、じゃあな」

『崇弥、ストップ』

蝶々がスピーカーに変わって二之宮の声が流れた。靴を履きながら洸祈は訊ねる。

「何?」

『僕、連行されてるんだ』

……………………………………。

「はぁ?大丈夫かよ!?」

『まぁ』

深刻な事態ではないらしい。人騒がせな。と洸祈は息を吐く。

「洸祈?どうかしたんですか?」

アレンが首を傾げて部屋から顔を出す。

「まぁ色々と」

『でだ、崇弥、宿代出してもらってよ』

「意味が分からない」

『崇弥も合わせて4人分。子供が2人いるから』

…………………誰だか分かる気がする。

「アレン、リヴァさんのお言葉に甘える。てか、4人もいいのか?」

『僕の出した情報はそれくらいじゃ全然足りないぐらいさ。ねぇ、総団長?』

「分かってるんだな。あぁ、構わない。私がもとう」

いつの間にか洸祈の後ろに立っていたリヴァは溜め息混じりで応えた。

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