通信中…(2)
ここ用心屋は用心棒貸し出しの店。
闇討ち上等な昔と違って、今のご時世に用心棒を必要とする人間がいるのかと問われれば、正直、いない。けれども、洸祈が意欲的かつ様になる仕事は限られており、誰かの下で働くことも性に合わず、このような仕事内容になったのだ。そもそも、少し前まで学生の身分だった彼が働かないと生きていけないかと言うと、それは違う。成人男性一人と魔獣の少女一人が何不自由なく生きていけるお金は実家から貰っている。今住んでいる住居兼店舗も、親戚から譲り受けたもので、家賃等はない。
それでも洸祈が店を構える理由は、決して裕福では無い実家の世話になり続けたくなかったからだ。たとえ、こちらから実家に送れる程の金は無くとも、せめて、自分達の分だけは自分達で賄いたかった。
そうした経緯で出来た用心屋は、心優しく世話焼きなご近所さんのおかげで何でも屋さんになっていた。庭木の剪定から荷物持ち、力だけはあったため、不器用なりにどうにかこなせていた。自分には斬った張ったしかできないと思っていた洸祈だったが、人間の洸祈よりも人付き合いの上手い琉雨がご近所さんとの間を取り持ち、ずっと洸祈を励ましてくれていたお陰で、少しずつ出来ることが増えていた。
時折、政府からの依頼をこなし、普段は近所からの依頼――雑用をこなす。
そうして、ここ最近は金銭面での実家からの援助なしで、寧ろ、少しずつであるが、実家に仕送りできるようになっていた。
そんな矢先だった。
由宇麻が用心屋に現れたのは。
一階に事務所があり、二階には従業員の為の居住区――生活しているのは店長の洸祈と契約魔獣の琉雨だけで、従業員らしい従業員もいないが。
そんな居住区のリビングに洸祈と琉雨、由宇麻の三人がいた。
泣く泣く由宇麻の執念に負けた洸祈が酒に付き合うついでに彼を夕食に誘うと、彼は両手を挙げて喜んだ。そして、琉雨の作った料理をとても美味しそうに食べていた。
「琉雨ちゃんの料理はホンマにうまいな!」
「はひ!ありがとうございます!」
「肉じゃがのじゃがいも!軟らか過ぎず、固過ぎず。味も沁みてて最後まで肉じゃがや!料亭の味や!うまいなぁ!」
一口食べる度に長々と喋る由宇麻。最初は呆れていた洸祈だが、市販のパックを入れただけの麦茶についてまで話し始めた瞬間、流石に苛立って由宇麻の口に梅干しを3つ突っ込んだ。
「ゆっくり食事が出来ないだろ!これでも食ってろ!!」
「何を…………んっ!?」
絶句。
すると、由宇麻の口数が減った。
洸祈はお猪口2つと―何を勘違いしたのか、依頼成功のお礼として貰った―日本酒2瓶をテーブルに置く。
「酒や!」
由宇麻が子供のようにはしゃいだ。
「ジュースじゃないんだ、駄目だ」
洸祈は顔をほんのりと赤らめて少女の姿で隣に座る琉雨の頭を撫でようと手を伸ばした。
「はわわ、どうして旦那様まで!」
琉雨は立ち上がって洸祈の手を避けると、まだ開けられていない日本酒1瓶を抱えた。そして、洸祈を睨む。
「心外な。俺は飲んでないぞ。ただ……奈良漬け食べ過ぎた……」
洸祈は所在が無さそうに手を空中に漂わせると、どさりとソファーに凭れ掛かった。
「付き合うって言っちゃったしな」
洸祈はお猪口片手にソファーの背凭れに頭を乗せて呟く。
「だからって……」
「もうやめるから。ほら、司野あんなだし」
ぐいっとお猪口に残っていた水を飲むと、洸祈は由宇麻を指差した。
ソファーに横になった由宇麻は幸せそうに口を開けて眠る。
「あぅ。由宇麻さん、どうするんですか?」
「そうだな。放置する」
「え!?」
危うく瓶を落としそうになって琉雨は慌てて持ち直した。
「明日は土曜日だし。もし、仕事があっても勝手に出てけばいいし。起きられるかはどうかは知らないけどな」
にやりと洸祈は愉しそうに笑った。
「起きられなかったらどうするんです?」
「笑うとこじゃないですよ」と琉雨は頬を膨らます。
「ま、いいんじゃないか?たまには休みも必要だ。熱血漢みたいに真っ直ぐな奴には」
「旦那様、由宇麻さんのこと気に入ったんですか?」
琉雨の質問に洸祈は目を見開く。やがて、その瞳を閉じると微笑した。
先とは違って温かさの残る優しい笑顔。それを見た琉雨も嬉しそうに笑みを溢した。
「選ぶような言葉は好きじゃないけど……俺は司野を気に入ったよ」
伸びをした洸祈は皿に残る奈良漬けを箸で摘む。そして、自らの口に放り入れた。
「ルーもです!由宇麻さんはとってもいい人です!」
「……………………」
上機嫌だった洸祈だが、琉雨の言葉を聞いた瞬間に表情を固めて沈黙した。琉雨が小さく首を傾げる。
「旦那様?」
「俺、こいつ気に入らない」
まるでチャンネルを変えたように態度が変わる洸祈。不機嫌そうに半眼にしてぶつくさと言う。
「へ?何でですか!?」
またもや危うく瓶を落としかけて……否、落とし、洸祈が間一髪で掴んだ。
「寝る」
掴んだ瓶をテーブルにトンと置くと、洸祈は空ききっていない瓶を掴んで立ち上がった。
「飲まないって言ったじゃないですか!!」
「飲まないじゃない、飲んでないって言っただけ。気が変わった」
「気が変わった。って、旦那様は未成年ですよ!?お酒飲んじゃいけない年齢なんですよ!?」
琉雨は洸祈の手の瓶を掴んで取り上げようとする。しかし、洸祈の握力に小さな琉雨が敵うはずもなく、瓶を引っ張っていた彼女は手を滑らせ、勢い余って床に尻餅をついた。
「あうう」
「自業自得だ」
お猪口を片手で弄り、欠伸を噛み殺した洸祈は、うるうるとした瞳で見上げてくる琉雨を見下ろした。
「うっ……うー!旦那様の意地悪!分からずやー!ルーは旦那様の体を想って言ってるのに!なのにー!!旦那様のあほー!もうご飯作らないです!!インスタントばっかり食べてお腹壊せばいいんです!!!!」
琉雨は言いたいことを大声で叫び、大粒の涙を落として泣き始めた。リビングに琉雨の高い声が響く。
「おいおい、泣くなよ」
「ルーは泣いてないもん!怒ってるんだもん!!」
仔リスのように頬を膨らませ、琉雨は両手で目尻から落ちてくる雨を必死に拭う。
「泣いてる」
「泣いてないもん……泣いてないもん……」
洸祈は肩で溜め息を吐くと、琉雨の前にしゃがんだ。琉雨のコロコロと表情を変える様が楽しくて良くちょっかいを掛ける洸祈だったが、流石に洸祈を心配して本気で泣く彼女を見るとバツが悪くなった。「俺が悪かったよ」と頭を下げる。
「これで許してくれないか?」
「ふぇ?」
琉雨の赤くなった鼻先で摘んだ銀色の包み紙の菓子を揺らす。自宅から由宇麻が持ってきたものだ。
匂いを嗅いだ彼女は甘いそれに「チョコ、ですか?」と訊ねた。
「チョコ、だ」
「ルーは物じゃ吊れないです」
「じゃあ、要らないのか」
ポケットに戻そうと――
「要ります!」
琉雨は洸祈の手から掴み取って、包装を剥がすと口に入れた。しかし、直ぐに琉雨は目を瞑って洸祈の胸を叩く。
「何?」
ぐっ。強く手を握り込むと、琉雨はチョコレートを喉に通した。
「どうした?」
「あぅ……これ、変な味がします……」
「え?」
洸祈も余っていたチョコを口にいれると、直ぐに琉雨の言わんとしたことの意味が分かった。
ブランデー入りのチョコだ。
「お前なぁ、変な味がしたなら吐き出せ。魔獣に酒がどういう働きをするか分からないだろう?」
「…………旦那様に貰ったものは……大切にしたい……から……」
琉雨に真っ直ぐ見詰められて、洸祈は言葉が出なかった。
「考えてみれば、俺はお前から貰ってばっかりで、お前にあげたことがなかったな」
「違います!!」
魔獣全般が酒に弱いのか、それとも種族差なのか、琉雨は早くも赤くなった顔で訴える。
「ルーは旦那様に沢山貰ってます!旦那様は私に命を、家族を、名前を、温もりを……沢山、沢山貰ってます!……あぅ、頭が……つまり……ルーはチョコを食べたかったから、食べたんですっ!」
「……つまり、琉雨は酒の味を知りたかったと」
肩を震わせて洸祈は俯く。
それに対して、琉雨は赤い顔を濃く真っ赤にして腕をあげた。
「違うです!ルーはお酒が入ってるなんて知らなかったんですからぁ!」
「……っははは!あははは!」
洸祈は顔を上げると、盛大に笑う。とても愉快そうに笑う。
酔いが回ってきたのか。彼の頬も火照ったように赤く色付いていた。
「分かってるさ、琉雨。さぁ、もう寝ろ。後片付けは俺がやっとく」
「明日にしませんか?旦那様もお顔が真っ赤です」
疲れて床にへたりこんだ琉雨は洸祈の腕を掴んだ。洸祈は時計を見ると、琉雨のその手を掴んで立ち上がらせ、勢いのまま持ち上げて肩車をした。
「ひゃうっ」
「頭でも掴んでろ」
不安定な座り心地に、琉雨は洸祈の頭を抱くようにしがみつく。
「あわわ、どこ行くんですか?」
「寝るんだろ?野獣の司野と一緒にリビングは危険だからな。俺の部屋に来い」
「あわわ。ルーのお部屋もあるのに、お邪魔していいんですか?」
「酒がお前にどんな風に影響するか分からないだろう?一緒にいた方が良い。それに、いいもなにも、ここは俺達の家だ。別に構わない」
その言葉にキラキラと目を輝かせた琉雨は一層強く洸祈の頭を抱くと、頬をそこに寄せた。
「旦那様、大好きです!」
「はいはい。って、前が見えない!」
そして、洸祈はリビングの壁に鼻頭をぶつけたのだった。




