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啼く鳥の謳う物語  作者: フタトキ
短編2
114/139

条件

「…―であるからにして、発動出来ないのである」

カーン…カーン…

終了を報せる鐘が鳴る。

璃央(りおう)は一息吐くとノートを閉じた。

「じゃ、終わり」

その一言で講堂内は騒がしくなり、生徒達は昼はどうしようか等と話しながら鞄を引っ提げて出ていく。

「璃央先生はお昼どうするんですか?」

「ん、あ?」

昨夜の夜更かしが祟ったのか、欠伸をしかけた璃央は声の主に目線を向けた。

医学科の生徒、霧海都月(むかいつづき)だ。薄手のTシャツにジーンズ、首元で茶髪のパーマを二つに結んだその子は遠慮がちに訊いた。

「そうだな…売店でお握りでも買って教授室で食べるかな」

「それじゃあ、一緒に食堂でお昼食べませんか?」と都月が言ったところで別の声が入った。

「璃央センセ、僕達と洸を誘って食堂で昼食べない?」

相変わらずの陽気な声。

千里(せんり)は講堂の最上段で璃央に向けて大きく手を振った。隣には(あおい)だ。

(さくら)、先客がいる。私は霧海と昼食をとるんだ」

「先客?」

千里は今気付きましたと言うように都月の姿を捉えた。

「ホントだ~、残念。行こっか、あお」

千里と葵が講堂を出ようとしたところで、先客である都月は意を決したようにうんと一人頷くと、最上段を見上げた。

「私達も食堂行くんです。だからその……」

「ご一緒してもいいんですか?」

口ごもる都月の言葉を補って千里の代わりに葵が訊ねた。

「はい…嫌じゃなければですけど」

千里と葵が顔を見合わせた。都月は抱えた鞄をぎゅっと握ると俯く。

「…ごめんなさい、私が璃央先生誘ったから。…あ、あの……なんなら私は一人で行きます」

「いや、君が謝ることじゃないよ。おい、どうするんだ?」

璃央は二人に声を張り上げた。

「じゃあご厚意に甘えて、璃央先生と違ってむさい男三人だけどご一緒させてもらいますね」

葵は再度確認した。

「はい」

顔を上げると都月は微笑んだ。


人の名前を覚えられない千里の為にそれぞれは自己紹介を終え、一行は目的地へ向かっていた。

「霧海さん」

葵が後ろを振り返った。

「何ですか?」

「ご一緒させていただいただけでなく、洸祈(こうき)を誘うのに付き合わせてごめんね」

「いえ」

俯き加減で都月は優しく答えた。

「璃央先生が我が儘だから」

千里がにやりと璃央に顔を向ける。

「何だその言い方は!食堂で霧海一人待たせるなんて失礼だろ!?何より中野(なかの)達がだらしなく彷徨いているらしいからな」

中野達、一種のチャラ男集団だ。

今のところ実害はないがあえて言葉を選ぶとしたらうざったい。

彼ら曰く、守備範囲は女性全般―全般と言うからには老若関係なしだ―。

攻撃範囲は男性全般―“一部を除く”と付け足しているらしい―。

「千里、構われてたよな」

「あ~、あれらね」

千里は欠伸を噛み殺して呟く。

つい先日、その“一部”に選ばれた千里は短い通学路で構われたのだ。

「まぁ」

都月が驚きと心配を1:4で千里の背中を見た。彼の一つに結んだ金髪が揺れる。

「それで、どうしたんだ?」

「僕の剛腕ボディーガードが撤退させてくれた」

見事な回し蹴りに隊長こと中野の戦闘不能を確認した馬鹿集団は隊長を引き摺ってこそこそとその場を後にしたのだ。

「ボディーガード?」

璃央は訊ねる。

「今からお礼ってわけじゃないけど、それも兼ねて食事に誘うんだよ」

意気揚々と一行の先頭を行く千里はある部屋の前で止まった。

翡翠(ひすい)寮と小道を挟んで正面、藍火(あいか)寮の最上階、最端、最も陽当たりの良い部屋。

コンコン

千里がノックしてから暫くした後、靴を引っ掛ける音と共にドアが開いた。

「何?」

ぼさぼさの髪に寝惚け眼の洸祈はパジャマ代わりのTシャツにジャージのズボンで現れる。

「やっほー、洸。一緒にご飯食べよ~」

「ちぃ」

段々と覚醒してきた脳で千里の姿を認識し、他の面々に視線を移した。

「璃央に都月まで」

璃央は“先生”に関して訂正を求めるのを忘れた。

「わぉ、洸は霧海さんの名前知ってたんだ。親密な仲で?」

千里が心底驚いた表情をする。都月は顔を赤らめて小さく頷いた。

「知ってるもなにも俺達の恩人だから」

「そうだよ。言ってなかった?」

と葵がぽけっとした。それに対して言ってないと千里と璃央は首を左右に振る。

「へぇ~。それで、恩人って何があったの?」

「その話は後。昼飯だろ?着替えるからちょっと待っててくれ」

洸祈が部屋のドアを閉めた。





食堂。

「何がいい?」

葵が席を立って一同を見回した。

「うどんー」

千里がテーブルに肩肘をついて答える。

「うどん」

璃央がはしたないと千里を叱ってから答えた。

「私も行きます」

都月がパッと立つ。

「いや、私が行くよ」

と、璃央が都月を止め、崇弥(たかや)は?と首を回した。

「ご飯一膳」

洸祈がテーブルに突っ伏したまま人差し指を立ててもごもごと答えた。

「ご飯一膳?洸祈、少なくない?」

葵が心配そうに洸祈に近寄った。洸祈は顔を上げずに唸る。

「食欲ない」

「でも…」

「大丈夫。僕のうどん、分けてあげるよ」

洸祈のぼさぼさ頭を腕に抱えて千里が言い、ね~。と、跳ねる髪を更に酷くした。


洸祈と千里と都月。

葵と璃央が食事を取りに立つと直ぐ様、千里が都月との出会い話を訊いてきた。

「あぁ、都月と?…入学式の次の日、ま、俺と葵にとって学校初日。当然、俺達は自宅からの登校だったわけ。遅刻寸前で校内で迷った俺達を助けてくれたのが都月だよ。親切に俺達の目的地まで連れてってくれたんだ」

洸祈は口を閉じた。

「終わり?」

「終わり」


ドンッ


「!」

背中に何かがぶつかり、洸祈は前のめりになってテーブルに額を打ち付けた。

ゴツ

鈍い音が響く。

「洸祈君!?」

都月が大丈夫ですかと肩に触れる。千里はぶつかったものの正体を捜して後ろを向いた。

「おー、崇弥兄じゃないか」

誰かが喋った。

都月が小さく悲鳴を上げ、千里の目は細くなる。

「崇弥兄ですけど」

洸祈は額を擦りながらむっくりと頭を上げて後ろも振り返らずに応え、

「すまんな。足が滑って鞄が飛んじまったよ」

「あっそ」

と、冷たく返した。千里も興味が失せて椅子に座り直した。相変わらず都月は顔を青くして洸祈の影に隠れる。

「おいおいシカトか?」

先程とは別の声だ。

下品な笑い声が食堂に木霊し、洸祈達の周り10メートルの人々はそさくさと席を立っていった。

それでも反応を示さない洸祈の肩に一人がトンと手を置き、「なぁ」と顔を近付けてイヤらしく語尾を上げた。洸祈は溜め息を吐くと、少しも触れたくないというように指先でその手を払い、席を立って後ろを向いた。

「なんすかね。中野先輩」

洸祈は一際態度の大きい男をつまんなそうに見る。

そんな中、震える都月の横に千里は席を移し、愉しそうに頬杖をついた。

「おー。俺の名前を覚えていてくれたのか」

「んな馬鹿な。覚えておく気なんてさらさらありませんでしたよ。でも、体して度胸もないのに不良紛いのことしてる馬鹿野郎だって噂でしたから嫌でも覚えていたんですよ。先輩、人気者ですね」

クスクス笑いがBGMのように流れ始める。音源は千里だけではなかった。野次馬も忍び笑いをする。

「このっ、いい気になりやがって」

「いい気?あぁ、俺の友人に手を出そうとした時のことでしたか。中野先輩がそう思うってことは後輩にやられて悔しかったんですか」

中野の顔が赤く上気した。洸祈はいつものポーカーフェイスだ。

「で?なんすかね。先輩達が用があるようなので俺が折角訊いたのに、しょうもないことに話を逸らすから」

中野が怒るのも全ては話を逸らした中野自身のせいだと言って欠伸をした。

中野の取り巻きはしかめっ面をする隊長を置いて物思いに耽っていた。空の脳味噌で話を理解しようとしているのだろう。

「用ないんですか?」

「あ、あるに決まってるだろ!!」

慌てて虚勢を張った中野の声は上擦っていて正直情けなかった。

「で、何?」

敬語が消えた。

「やり返しに来たんだ!」

中野のその一言に取り巻きが歓声を上げた。声は大きいが中身が詰まっていないように感じるのは中野集団以外の人間だけだろうか。

「具体的には?」

「回し蹴りを喰らえ!」

中野があまりに真剣に叫ぶので千里は思わず噴き出した。視線が隣に座る千里に集まり、都月はおろおろした。

「千里君、皆見てます」

「だって面白かったんだもん」

「櫻君じゃないか。崇弥兄が俺にやられるところを十分楽しんでくれ。その後で俺達と一緒にランチを楽しもう」

中野は白い歯を見せながら爽やかな笑顔を向けた。

「僕、女の子と一緒に昼食の方がいいんだ」

「へ?私は…」

都月が膝に置いた手をキツく握って不安そうに洸祈を見る。洸祈は都月の視線に気付いて手を振った。

一連のやり取りを見て中野は益々不機嫌な顔をした。

「櫻君だけじゃなく可愛らしい彼女持ちかよ」

都月がぼっと火がついたように真っ赤な顔をした。肩が震えている。

霧海都月と初対面の人間は思うだろう。都月はこういった類いの人間に慣れていないのだろうと。

「厭だな、都月は彼女じゃないですよ」

これまた霧海都月と初対面の人間は思うだろう。都月と洸祈の間には恋愛感情はないのだろうと。

「な、都月」

「と…とーぜんです」

「まぁ、都月ちゃん?君も後で一緒にランチを楽しもうね」

中野が手を振る。都月は冷たく無視した。



中野の視線を察知して取り巻きが千里と都月、二人を囲んだ。洸祈は全く動じない。

「じゃあ、賞品を賭けて正々堂々の一騎討ちと行こうじゃないか」

「一騎討ちは構わないけど、ちぃと都月を賞品呼ばわりはムカつくね」

「ふん」

中野は鼻を鳴らすと回し蹴り―というより、脚が上がらず洸祈の足を引っ掛ける形になった―を仕掛けた。それを洸祈は一歩退くことで軽々と避けた。

千里がダサいと呟いたのは取り巻きだけに届いた。文句一つ言わないのは思うところがあるのだろう。

「体、堅いですね」

「煩い!崇弥兄!」

「さっきから崇弥兄ってやめてくれないですかね。馴れ馴れしい」

キレた。

中野は回し蹴りをやめて拳に変えた。

「このっ」

ストレート。

そんな見え見えの攻撃が洸祈に当たるはずもなく、中野は自身がつけた勢いが加勢して洸祈の出した爪先に引っ掛かった。派手な音を発てて中野は額を強かに打ち付ける。

額が割れた…

血。

「中野さん!」

取り巻き1が異常に目を見開いた。洸祈は知らん顔だ。中野は額から流れる血に気付くと洸祈を鋭い目で睨み付けた。

「これならどうだよっ!!!!」

洸祈に向けた手のひら。ほのかに色付く空気。

「魔法」

千里が唇を噛んだ。

「校内で魔法の使用は校則違反です!」

都月が中野に叫ぶ。取り巻き、野次馬、洸祈と中野を除いた皆が息を止めた。

中野は全てを無視して声を荒げる。

「俺の専攻は集束型火系魔法だ!」

火が彼の手の中で渦を巻く。洸祈は動かず喋らず、ただただ火を見る。虚ろな瞳で紅を見詰める。

「お?ビビったか!?脚が震えてんぞ」

千里はまさかそんなことはないと取り巻きの間から顔を覗かせた。確かに洸祈は震えていた。

「洸!!どうしたのさ!洸!!!!」

千里の声は届かない。千里は洸祈を守ろうと足を踏み出すが取り巻きに阻まれる。

このままだと…!

「俺を怒らせた罰だよ、後輩!!!!」

中野は腕を振り上げた。

「洸祈君!!」

「洸!!!!」

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