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啼く鳥の謳う物語  作者: フタトキ
短編2
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親友(2)

千里(せんり)の家は根っからの軍人の家系。(さくら)家は軍の上層部を殆んど抑え、その影響力は大きい。

そんな櫻家に生まれた千里には軍学校に入り軍人になるしか道はない。それは当たり前のこと千里はそう教わってきた。




「じっちゃん!」

僕は呼んでみた。

呼んでみただけ。

僕には目の前で背中を向けて立つ祖父の言葉が予測できる。

【何十回と繰り返してきた会話だから】

紺の着物をきっちりと着こなし、後ろ姿なのに威圧感がある。

そして彼はゆっくりと振り返り、僕を厳しい目で見下ろしてこう言うのだ。

「何をしているんだ?」

それに僕はこう返す…

「ごめんなさい」

と。

「フン…」

僕には分かるんだ…

俯く僕の頭上から彼は気に食わないといった目線をすることを。

【僕の魔法は使えないから】

僕は俯くだけ。彼はまた歩き出すだけ。僕は唇を噛み締めるだけ。彼は仕事のことだけを考えるだけ。それだけなんだ。



冬の廊下は寒い。足の裏からは木の感触とじわじわと体温を奪っていく感覚。感情も奪っていくようだった。

でも、いいんだ…

「もういらない」

もういらないから。感情なんていらない。辛いだけだから…

だからあげる。


「何が?」

深翠のコートに白のマフラー。フードを被り、そいつは僕の前に立っていた。そいつが僕より少し背が高いのが分かる。

「誰?」

「先に質問したのは俺」

僕の質問に返してはくれないようだ。

怪しすぎる。でも僕には関係無い。僕にとって、この家に変な奴がいてもどうでもいいことだから。金でも何でも盗っていけばいいんだ。

「僕が答える義務はないよ」

他人に教えることじゃない。教えたくない。

「ふーん。で、何が『もういらない』んだ?」

「僕の言ったこと聞いてた?」

僕の挑発的な態度にフードに隠れた頭がゆらゆらと動いた。

そして止まったかと思うと…「だーかーら!!」と、そいつはフードに隠れた顔をぐっと近づけて言った。

「俺は義務がどうのこうのを訊いてんじゃなくて、『何が』の答えを訊いてるんだ」

「……」

意味分かんない。僕にはこいつが分からない。僕は答えたはずだ。答えたくないと。

「早く答えろよー」

悪気は全くないようだ。フード下からチラリと見えた口元は笑っていた。相手を嘲笑うのではなく無邪気にだ。

「……やだ。僕は答えたくない!それに名も名乗らない奴に答える気はないよ」

相手は暫く口をぱくぱくさせ、やがてゆっくりと閉じた。開いたかと思うと怒鳴ってきた。

「俺は崇弥洸祈(たかやこうき)だ!!!!」

ぐいっと僕に顔を上げた崇弥洸祈とやらはその反動でフードが落ち、顔が露になる。柔らかそうな赤茶の髪。おんなじ色の瞳。その瞳は濁っておらず輝いていた。

「名乗っただろ!」

なっ?と僕の周りを崇弥洸祈はちょろちょろと動く。

「洸祈」

突然聞こえた第三者の声。それに崇弥洸祈が返す。

(あおい)!」

僕の後ろには崇弥洸祈に葵と呼ばれた崇弥洸祈に面影の似た人物が立っていた。崇弥洸祈と同じ服装。違うのは青みのかかった黒髪と碧の瞳。

「駄目だよ。言いたくないこと無理に訊いちゃいけないよ」

どうやら崇弥洸祈よりはましな奴らしい。

「じゃあ訊かない」と呟き、崇弥洸祈はぷいっと顔を背けた。が、目はチラチラと僕を見ていた。

「俺は崇弥葵。この人の双子の弟」

弟ですか。

「よければ名前を訊いてもいい?」

「僕は…櫻………せん」

「さくら?さくらちゃんって言うんだ!」

“ちゃん?”僕が!?

「僕って言うから男かと思ったけどやっぱり女の子だったんだね」

男です!

それに、“男”と“女の子”って扱いが違うんだね。

「……」

返す言葉もないとはこういうことだろうか。

双子はやっぱり双子らしい。人の話を最後まで聞いてない。まぁ、小さい声で言った僕も悪いが…

「そいつ男だよ」

目の前で崇弥洸祈が笑いを必死で堪えているのがむかつく。

「…そうなの?」

崇弥葵は僕をじっと見る。

「僕の名前はさくらじゃなくて千里。櫻千里、男だよ」

伸ばしっぱなしの髪のせいだろうが男か女かは分かって欲しい。

「ごめんなさい……よろしくね千里」

素直に謝るのはいい奴の証拠だ。

「よろしく、葵」

差し出された手を僕は握った。

暖かい。葵は暖かい。

だから悲しいのかな?

「あれ?泣いちゃった?」

「葵、泣かしたのか?」

「えっ、そうなの?」

泣いてた。泣くなよ。僕は自分に言い聞かせるが止まんない。なんで?

「おい!おーい!……おいっ!!!」

ベチンッ

「……いっった!!!!」

「泣くなよ。葵が泣いたじゃねぇか!」

葵が泣いてた。

「どうして?」

「お前を泣かせたと思ってるから」

誤解だ。

「違う…ただ、その……違うんだ!葵のせいじゃないよ」

葵が僕を見上げた。うっすらと涙の後が見えた。綺麗な青緑の瞳が僕を見つめる。僕は目を反射的に反らした。

頭の中が真っ白だ。


「僕のこと忘れちゃう?」


呟いていた。無意識に。

ちらりと見た葵は嬉しそうな、泣きそうな…そんな不思議な顔をしていた。

「…忘れない。俺は千里の親友だもん」

「親友?」

そんな言葉は知らない。

「かけがいのない存在。とっても大事な人」

「大事…」

「千里は大事な人」

嬉しい。

「じゃあ、葵は僕の親友」

葵は大事な人。

「とっても大事な人」

「うん」

出会ったばかり?そんなのは関係ない。大事なんだ。ただそれだけでいい。

「…………………………………おい!俺を除け者にすんな!」

忘れてた。僕と葵は洸祈を笑った。

「洸祈も大事な人だよ」

親友が二人。



今日はいい日だ。父の命日だというのに僕の心は弾んでいる。

彼らがどうしてここにいるのかなんてどうでもいい。憐れむ母も嘲笑う祖父も全てがどうでもいい。

嬉しいのだ。

たとえ出来損ないと言われようと、邪魔だと罵られても、この二人に会えたこの日は最高の1日だ。初めての親友が出来た日。

だから、ちょっとだけ僕は甘えたんだ。


『ぼくに千里を返せ』

「煩いよ、氷羽(ひわ)

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