デート(3)
「さぶっ」
「そーですか?」
前を楽しそうに歩く琉雨はくるりと振り返った。
淡い水色のマフラーが風に靡く。ツインテールにした髪が揺れる。
人と魔獣の体感温度は違う。俺はコートの前を掻き合わせて近くのベンチに座った。
「もう帰りますか?」
綺麗な瞳をぱちくりとさせて俺の顔を覗き込んできた。
「いや、もうちょっと見てたい」
…―お前を―…
笑う姿も。
不貞腐れる姿も。
はしゃぐ姿も。
考えに耽る姿も。
照れる姿も。
何もかも。
近くなくていい。
触れられなくていい。
俺が狂いだす前に。
全てを失う前に。
大切なものをこの目に焼き付けたい。
「旦那様、ルーも一緒に景色を見ます」
琉雨は隣に座ると俺の手を握った。
触れ合ったところから俺の手は温かくなっていく。
「旦那様の手、冷たい」
「琉雨の手、温かい」
琉雨の横顔を見詰めると彼女は首を傾けて微笑んだ。
「どうかしましたか?」
「琉雨」
二つに結んだ姿は可愛くて新鮮だ。
でも、やっぱり。
今はこっちの方がいい。
琉雨の手から片手を外した。
リボンに手を掛けるとそれはするすると外れて俺の手のひらに乗った。
柔らかな髪が指先をすり抜ける。もう片方も…。
「旦那様?」
琉雨は俺の行為を止めようとしない。俺は琉雨の膝に頭を乗せた。
「ごめん、眠いんだ。10分だけ寝かせてくれ」
「昨日、徹夜したんですね。お出掛けしたいって無理言ってごめんなさい」
「行きたかったから一緒に来たんだ。今、俺のしたいことは琉雨の膝枕。いい?」
「いいですよ。お休みなさい、旦那様」
俺の頭を弄っていた琉雨の手を掴むと俺は自分の頬に移動させた。温かい。
「お休みなさい」
琉雨のゆったりした声を最後に俺は眠りについた。
「寒い」
ここは…
「琉雨?」
俺は琉雨に膝枕をしてもらって…
体を起こすと琉雨はベンチの背凭れ上手く頭を乗せて寝ていた。小さく開いた口が愛らしい。
周りを見渡せばすっかり日が沈んでいる。
腕時計が示すのは5時40分。10分だけの睡眠がすっかり熟睡してしまった。
「抱っこするか」
おぶる方が楽だが抱っこにしたのは理由がある。
前が温かいし、琉雨の寝顔が見れる。
どれも不純な動機か。
『琉雨?』
恐る恐る声を掛けると小さな彼女はびくりと肩を震わせた。
『何ですか』
やがて無機質な声で足下を見ながら言った。
『無関係の君を捲き込んでごめん。君が嫌なら俺のことは見なくていい。俺のことは空気だと思ってくれ。俺は君と契約したが、君と主従関係になるつもりはない』
何も言わない。
『俺、裏の倉庫貰えればそこで生活するから。君の目に触れないようにする』
『やめてやめてやめてやめてやめてやめて!』
彼女は俺を押し倒し、その拳で何度も何度も俺の胸を叩いた。
『なに?』
『言わないで下さい!貴方は、貴方は…!分かってない……』
『何を…』
彼女は顔を上げた。溢れんばかりの涙を浮かべて。
『貴方のこと嫌じゃない。ルーは貴方をもっと知りたい』
驚きの解答。俺は嫌われていない。
『俺も君をもっと知りたい』
『ルーは“君”じゃない。琉雨です』
『…………琉雨』
今度は疑問形じゃない。
俺は君の名前をちゃんと呼んでもいいんだね。
…―琉雨―…
「お帰り~」
琉雨を抱えて居住区への階段を上ればそこには風呂揚がり姿のちぃがいた。
「ただいま」
「あららー?琉雨ちゃんお休み?」
寝息を発てる琉雨の顔を覗き込んだちぃの頭から雫が俺の腕に落ちた。
「水垂れてる。琉雨に近寄んな」
「わ、ひどーい」
ガチャ
ちぃが開けたドアからリビングに入ると、そこはいつもに増して賑やかだった。
「今日も美人さんやね」
「あら、有り難うございます。これを」
「動揺した素振りを見せない。レイラさん、流石や」
「レイラ、次はどうすれば?」
「あ、はい。弱火でじっくり煮込んで下さい」
「……っ…」
「璃央さん?」
「あ、っと、今日も相変わらず美人ですね」
「あ、あ、はい!あ、あの、有り難うございます」
「なんや、璃央君の言葉だと動揺するんか」
「司野さんは誰の言葉で動揺するんですか?」
「な、なな、何言うてんのや!」
「由宇麻は呉の言葉で動揺するんだね」
「あ、葵君!」
「葵兄ちゃんの言葉でもです」
「違うよ。由宇麻が動揺するのは梨々さんの言葉でしょ?」
「な、な、千里君、何を!梨々はただの…」
「ただの?」
「………………ガールフレンドや」
「初々しいです。ね、璃央さん」
「え!?あ、あの、私は…レイラ…その、あの…」
「璃央、動揺し過ぎ」
「そう言うあおは何に動揺するの?僕が動揺させてあげようか?」
「は?ちょっどこ触ってやがる!」
「昔からあおはここ苦手だよねー」
「葵兄ちゃんの苦手な場所…」
「呉!?……っひゃっ!」
「“ひゃっ”だって。あお、初々しい」
「千里!」
璃央が来るのは知っていたが、レイラに司野が来ているのには驚いた。
「洸祈、琉雨、お帰り」
葵がちぃを押し退けて手を振ってきた。
「洸兄ちゃん、琉雨姉ちゃん、お帰り」
その隣で呉が微笑む。
「お帰りなさい」
レイラがエプロン姿でにっこりした。
「お帰り」
璃央が目を緩く細める。
「お帰りなー」
司野がミニトマトを摘まんで言った。
「ただいま」
温かい。




