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啼く鳥の謳う物語  作者: フタトキ
はじまり
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嘘と真(2.5)

「どうして、洸祈(こうき)の顔を思い出せないんだよ!!」

(あおい)は腕を掴む千里(せんり)の手を振り払うと、懐から取り出したナイフを彼に突き付けた。

「脅しなの?」

千里はそれに一瞬だけ目を向けると、手を離して葵を真っ直ぐ見る。千里の顔には少しの恐怖もなかった。

「違う!答えて欲しいだけだ!」

イラついた葵は半ば吐き捨てるように叫んだ。前髪を振り乱し、痛む頭を押さえて千里を睨む。

しばらくその状態が続くと、千里が口を開いた。

「ココアには睡眠薬と記憶障害を起こしやすくする薬を入れた」

彼は淡々と話していく。

「洸に頼まれたんだ。洸が君に魔法で暗示を掛けて、洸のことを忘れる様にした」

その言葉に真っ赤になる葵の顔。学内では冷静沈着な優等生と評価される彼だが、この時ばかりは頭に血が昇るのを止められなかった。

「やめろ!!」

葵はナイフを振り上げ、一気に下ろした。

ダンッ。

金の髪が風で舞う。

ナイフは千里の首筋で揺れる髪紐をドアに釘付けにし、抑えを失った髪が放たれた。

鮮やかな金髪。

千里の隠された気持ちとは裏腹に、廊下の白熱灯に金塊のように光り輝く。

「そうだね。やめようか、こんな話」

こんな話。そう言われたことに葵は何も言い返せない。

千里に言わせたのは自分で、千里を止めたのも自分。

葵は愚かな自分に恥ずかしくなって立ち尽くす。

「もうすぐあおは洸を忘れる。それは止められない。それは君が一番分かってるはず。…………本当は口止めされてたけど、どうせ忘れてしまうなら、話していいよね」

止まったまま動かない葵を置いて、千里は洸祈の部屋に戻った。椅子に座ると、懐に入れていた洸祈お手製のクロスチップを取り出して弄る。

「洸はあおに約束を果たして欲しいんだって。だから、自分が退学することで、約束を忘れて欲しくないんだって言っていたよ」

「約束?」

開いたままのドアから光が差し込み、暗い部屋の中で千里の髪を星のように瞬かせる。葵はそれを誰にも見せたくない衝動に駆られて、自分も部屋の中に入ってドアを閉めた。

「あれ?分かんないの?」

千里は手の中のチップを見ながら、おどけた声を出す。

「もしかしたら、その記憶も消えてきてるのかな?」

「約束のために薬飲ませて、約束忘れたら意味ないだろ。洸祈は俺に何させたいんだよ」

無性に可笑しくなって、葵は力なく笑った。どうにもならないと察した葵の表情からは怒りが消えていた。

「多分、忘れても忘れない約束なんじゃない?なんか矛盾してるけど」

「……俺が忘れても勝手に果たされる約束ってことなのか?」

「正解は神のみぞ知るってね」

唇に人差し指を当てるその格好は、髪を垂らした千里にはお似合いだった。

「……洸祈に伝えて欲しいんだ」

なんだか気が抜けた葵はその場にへたり込んで千里を見上げる。

薄暗かった部屋には微かな月明かりが差し込み、千里を儚くも美しい何かのように見せていた。千里もまた恋人を見るような優しい眼差しで「いいよ」と答える。

「俺、約束を果たすから」

「うん」

「あと……っ」

再び頭の中で何かが反発しあっているような感覚に襲われ、葵は頭を押さえた。

「あと?」

千里はただ見ているだけ。葵のその痛みを消す方法は、葵が洸祈の掛けた魔法に抵抗しなければ良いだけ。洸祈のことを忘れれば、痛みは消える。それを知っているからこそ、千里は何もしない。そもそも何もできないのだ。

「……お前の思い通りにはさせないからなって」

「葵…………」

「俺はお前を一人にはしないって」

ふっと倒れかけた葵を千里は咄嗟に支えた。葵の正面から背中へと腕を回し、自分の肩に葵の頭を乗せて一緒に座り込む。

「伝えとくよ」

千里は溜め息を吐き、葵を洸祈のベッドに寝かせた。自分達の部屋に帰るのは暫く無理そうだ。

軍人に付いて行ったまま未だに部屋に戻らない洸祈のことも心配ではあるが、葵を守るのが洸祈との約束だから、千里は葵の傍から離れない。

何も無かったかのような葵の寝顔からは痛みを感じていないようだった。きっと、次に目を覚ました時、葵は洸祈のことを忘れているだろう。

千里はその青みがかった黒髪を指先に絡めると遠くに語りかける。

「洸、多分、君の思惑は直ぐに残念に終わると思うよ。あおは僕と比べ物にならないぐらい頑固だからね。だってそうでしょう?君の弟なんだし」

千里はクスリと笑った。

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