嘘と真(2.5)
「どうして、洸祈の顔を思い出せないんだよ!!」
葵は千里に近づくと懐から瞬時に取り出したナイフを突き付けた。
「脅し?」
千里はそれに一瞬目を注ぐと葵を真っ直ぐ見て少しの恐怖も見せず訊く。
「答えろよ!」
イラついた葵は半ば吐き捨てるように叫んだ。
睨み合い。
しばらくその状態が続くと千里が口を開いた。
「睡眠薬の他に記憶障害を起こす薬を入れた」
彼は淡々と話していく。
「…洸に頼まれてね」
何でだよ…
血が昇るのを止められない。
「止めろ!!!」
葵はナイフを振り上げ、一気に下ろした。
ダンッ
金の髪が風で舞う。
ナイフは千里の髪紐をドアに釘付けにし、抑えを失った髪が放たれた。
鮮やかな金髪。
千里の隠された気持ちとは裏腹に窓から入る光に更に輝く。
「そうだね、止めようか。こんな話」
こんな話。
そう簡単に言われたことに葵は何も言い返せない。
「もうすぐあおは洸を忘れるよ。止められない。…本当は口止めされてたけど、どうせ忘れてしまう君になら話していいよね」
止まったまま動かない葵を置いて千里は洸祈の椅子に座った。そして葵の銃撃から避難させるために懐に入れていたクロスチップを取り出すといじりだす。
「洸はあおに約束を果たして欲しいんだって。だから、自分が退学することで約束を忘れて欲しくないんだって言っていたよ」
「約束?」
それにあたる事を思い出せないでいた。
「あれ?分かんないの?」
千里は手先のチップを見ながらおどけた声を出す。
「もしかしたらその記憶も消えてきてるのかな?」
「ワケわかんない」
無性に可笑しくなって葵は力なく笑う。
「多分忘れても忘れてないんだろうね。…矛盾してるけど」
唇に人差し指を当てるその格好は髪を垂らした千里にお似合いだった。
「洸祈に伝えてくれよ」
なんだか気が抜けた葵はその場にへたり込んで千里を見上げる。
「約束を果たすよって」
「分かったよ」
「あと…」
頭の中で何かが反発しあっているような感覚に襲われ、葵は頭を押さえた。
「あと?」
千里はただ見ているだけ。葵の痛みを消す方法は、葵が抵抗をしなければ良いだけ。
それを知っているからこそ何もしない。できない。
「…お前の思い通りにはさせないからなって」
ふっと倒れかけた葵を千里は支える。
「伝えとくよ」
千里は改めて溜め息をつき、葵を洸祈のベッドに寝かせた。
何も無かったかのような葵の寝顔。千里はその青みがかった黒髪を指先に絡めて遠くに語りかける。
「洸、多分君の思惑は残念に終わるよ。あおはボクと比べ物にならないぐらい頑固だから」
クスリと笑うと、千里は部屋を出た。
葵の願いを叶えるために。