第7話:削減
王都・上院評議場は、昼だというのに薄暗かった。
高い天井、半円状の席。
歴代国王の肖像画が壁一面に並び、無言で現在を監視している。
姫は最後に入場した。
すでに貴族たちは着席し、資料をめくり、小声で話している。
彼女が入っても、立ち上がる者はいない。
――なるほど。
今日は「主役」じゃない。
姫はそう理解した。
「それでは続けよう」
議長役の老貴族が言う。
姫に視線は向けない。
「王権代行体制における、統治効率の再検討。
前回より提示されている案について、説明を」
ローデリヒ侯が立ち上がった。
白髪、穏やかな声、敵意のない笑み。
「まず申し上げます。
姫殿下の統治は、成果を上げています」
姫は黙って聞く。
「被害は確かに減少した。
治安指標も、魔物被害率も改善している」
数人の貴族が頷く。
「しかし同時に、財政負担は増大している。
被害ゼロ主義は理想的ですが――持続可能とは言い難い」
姫は表情を変えない。
「そこで我々は提案します。
これは姫殿下個人への不信ではありません」
この言葉が出た瞬間、
姫は理解した。
――ああ、これはもう決まっている。
「権限の分散です」
ローデリヒ侯は資料を掲げる。
「即時命令権の一部停止。
軍事・魔法対応は、貴族院監督下の合議を経る。
例外基準の最終決定権を、院に移管する」
静かな声。
穏やかな説明。
誰も剣を抜かない。
誰も怒鳴らない。
だからこそ、逃げ場がない。
「姫殿下」
議長が言う。
「ご意見は?」
一斉に視線が集まる。
姫は――答えなかった。
反論は、いくらでもできる。
数字も、実績も、未然防止の件数も。
だがここで話せば、
それは政策の話ではなく、権力争いになる。
沈黙が、数秒続く。
「……特に異議はない、という理解でよろしいですか?」
議長が確認する。
姫は、ゆっくりと首を振った。
「理解はしています」
それだけ言った。
若手貴族が不安げに視線を交わす。
だが誰も口を開かない。
中堅貴族たちは資料に目を落とし、数字を指でなぞる。
合理的だ。正しい。反論する理由がない。
傍聴席の魔法協会代表は、沈黙を選んだ。
「今回は、意見を差し控えます」
その一言で、姫の背後は完全に空白になった。
陪席のガイウスは、拳を握る。
内容が理解できてしまうからこそ、何も言えない。
――これは、間違いじゃない。
――だが、現場は壊れる。
採決は、あっさりだった。
反対票は少数。
賛成多数。
「権限削減案、可決」
議長の声が、乾いた音を立てる。
誰も勝ち誇らない。
誰も謝らない。
姫は立ち上がり、一礼した。
そのまま退場しようとして――
立ち止まる。
振り返り、静かに言った。
「削減されるのは、私の権限ではありません」
貴族たちは耳を向ける。
「判断にかかる“時間”です」
それ以上、何も言わない。
扉が閉まる。
廊下には、ノクスがいた。
扉の前で丸くなり、姫を見る。
姫はしゃがみ込み、ノクスの頭に触れた。
言葉は出てこない。
皮肉も、命令も、計算も。
遠くで鐘が鳴る。
新しい体制の始まりを告げる音が、
やけに澄んで響いていた。
正しい決定だった。
だからこそ――
次は、必ず誰かが傷つく。




