最終話:被害報告
「姫!侵入者です!」
その声は、主回廊に響いた。
夜の城に、よく知った調子で。
警鐘は鳴らない。
走る足音も、怒号もない。
配置された灯りが、予定通りに明るさを保っている。
姫は立ち止まらなかった。
歩調も変えない。
「場所」
短い問い。
「北西外壁、第三警戒線。数、少数」
報告は簡潔だ。
混乱が混じっていない。
「対応は」
「現地判断で進行中です」
姫は頷く。
それ以上、聞かない。
指揮室の扉が開く。
地図は広がっているが、線は少ない。数字も、結果だけが置かれている。
レオンが壁際に立っている。
視線は外、音に耳を澄ませているが、口は挟まない。
ノクスは姫の肩で動かない。
何も告げない。
しばらくして、足音が近づく。
「状況、収束しました」
ガイウスが入室する。
埃も血もない。報告の顔だ。
「城への侵入は未遂。外壁で阻止」
「建造物への損壊なし」
「死者、なし」
一拍。
「軽傷者が数名。現場で処置済み。記録に残すほどではありません」
室内は静かだった。
誰も安堵の息をつかない。
姫は机の端に手を置き、地図を見る。
線を一本、指でなぞる。
「過剰対応は」
「ありません」
「連携の乱れは」
「ありません」
確認は、それだけ。
姫は視線を上げる。
ガイウスを見る。レオンを見る。誰も見ない。
そして――ほんの一瞬だけ。
口角が、上がった。
誰かに見せるためのものではない。
勝利の笑みでも、達成感でもない。
ただ、短い確認。
ノクスが小さく喉を鳴らす。
それで終わりだ。
レオンは何も言わず、視線を逸らした。
見たことにしない、という選択。
ガイウスは報告書を閉じる。
評価も、感想も添えない。
「以上です」
「ご苦労」
姫の声は、いつも通りだった。
指揮室を出ると、回廊は静かだ。
兵士たちは持ち場に戻り、城は何事もなかったように呼吸している。
守られたのは、城だけではない。
だが、その内訳を説明する者はいない。
姫は歩く。
孤独は、まだそこにある。
それでも――
この城は、今夜も立っている。
正しさは人を孤独にする。
だが、孤独でも守れるものはある。
毒舌は刃だ。
同時に、近づきすぎないための優しさだ。
最後の報告が、記録に残る。
――被害報告。姫の機嫌、やや改善。
数字には出ない。
だが、確かに。




