第16話:嫌われ続ける
外郭訓練場は、昼でも風が冷たい。
剣がぶつかる音、号令、足音。
いつも通りの光景だが、ひとつだけ違う点があった。
姫が、そこにいる。
高台からではない。
視察用の通路でもない。
地面と同じ高さを歩いていた。
兵士たちの動きが、わずかに硬くなる。
敬礼は揃う。声も出る。
だが、歓迎の空気はない。
姫は気にしない。
正確には――気にしないふりをしない。
視線が集まるのを、そのまま受け止める。
足元を、ノクスが歩いている。
小さな影が、砂を踏む。
「以上で訓練終了!」
号令がかかり、兵士たちが散る。
詰所前に、緩んだ空気が戻る。
その中で、一人の兵士が立ち止まった。
若い。
装備は使い込まれている。
「……あの」
声が、届く。
周囲の兵士が一斉に動きを止める。
ガイウスが視線を送るが、制止はしない。
姫は足を止め、向き直る。
「何かしら」
兵士は喉を鳴らし、言った。
「正直……あの命令、現場じゃ評判よくないです」
空気が張り詰める。
誰かが、息を吸う音。
姫は即答しない。
視線も逸らさない。
「危険は減ったけど」
兵士は続ける。
「楽になったわけじゃない。正直、納得は……」
言葉が、途切れる。
姫は短く頷いた。
「知ってるわ」
それだけ。
言い訳もしない。
正当化もしない。
兵士は拍子抜けしたように瞬きをする。
ガイウスが一歩前に出る。
「現場の認識はその通りです」
冷静な声。
「不満は残っています。疲労もあります」
一拍置いて、続ける。
「それでも、命令は理解されています」
姫はガイウスを見る。
「ありがとう」
それは命令ではなく、評価でもない。
事実の受領だった。
兵士は一度、深く息を吐いた。
「……以上です」
逃げるように去る背中を、誰も責めない。
訓練場の空気が、少しだけ動いた。
回廊へ向かう途中、ノクスが姫の前を横切る。
若い兵士の足が、無意識に前へ出た。
「やめて」
姫の声は低く、短い。
兵士ははっとして足を引く。
「……すみません」
誰に向けた謝罪かは、分からない。
それで十分だった。
夜。
回廊は、また静かになる。
姫は歩く。
足音は一つ――ではない。
半拍遅れて、もう一つ。
レオンが、何も言わずに同行している。
近すぎず、遠すぎず。
守る位置でも、監視の位置でもない。
姫は歩調を変えない。
ただ、合わせられていることを拒まない。
私室前で立ち止まる。
「今日はここまでだな」
レオンの声。
「ええ」
それだけ。
扉が閉まり、静寂が戻る。
ノクスが丸くなる。
姫は椅子に座り、目を閉じる。
嫌われている。
それは変わらない。
判断も、厳しさも、言葉も。
それでも――
距離を取られなくなった。
沈黙が、以前より重くない。
姫は何も言わない。
ただ、呼吸を整える。
孤独は消えない。
けれど、減った。
確かに。




