第11話:責任
大評議室は、よく磨かれていた。
床も、机も、椅子も。
埃ひとつない。
だからこそ、音がよく響く。
人が座る音。
紙が置かれる音。
息を吸う音。
姫は議長席に座っていた。
玉座ではない。
だが、誰よりも前に、誰よりも高く。
国王も女王もいない。
代わりに、全員がいる。
貴族。
軍。
魔法協会。
議題は一つだけだ。
「旧補給路地区における死亡事故の検証」
軍の代表が立ち、事実を読み上げる。
声は平板で、感情はない。
モンスターの種別。
侵入経路。
対応時間。
被害規模。
「……以上です」
次に、魔法協会の代表が補足する。
結界は仕様通り。
監視魔法に異常なし。
貴族側が確認する。
過去事例との整合性。
運用手順の遵守。
一通り終わると、誰も話さなくなった。
間違いは見つからなかった。
違反も、怠慢も。
誰も悪くない。
それが、空気を重くした。
「……では」
誰かが口を開く。
すぐに、閉じる。
「責任は」
言葉が宙で止まる。
事故、という言葉は使われない。
不可抗力、という言葉も出ない。
沈黙が長くなる。
姫は、その間、ずっと前を見ていた。
誰とも目を合わせない。
やがて、静かに口を開く。
「私です」
声は、よく通った。
「判断を下したのは、私です。
判断基準を定めたのも、私です」
誰かが息を呑む音がした。
「したがって」
姫は続ける。
「結果の責任は、すべて私が負います」
反論は、すぐには出なかった。
レオンが立ち上がる。
「待ってください」
声は落ち着いている。
感情ではない。
「それは制度として間違っています。
個人に責任を集約すべきではない」
正論だった。
「前例になります。
今後、判断を担う者が萎縮する」
姫は頷く。
「その通りです」
理解している、という頷きだ。
「それでも、私が負うのが最も合理的です」
レオンは言葉を失う。
否定されていない。
ただ、採用されない。
ガイウスが、口を開きかける。
閉じる。
彼は知っている。
責任を取る、という行為の重さを。
代わりに背負える立場ではないことも。
貴族たちは視線を交わす。
誰も反対しない。
誰も賛成もしない。
魔法協会の代表が、淡々と言う。
「決断力のある対応だと思います」
それが、評価だと気づいた者は少ない。
姫は、議長席から宣言する。
「本件の責任は、全権代理である私が負います。
是正案、処分についても、私が提示します」
異議は出なかった。
全会一致。
だが、誰も満足していない。
散会の宣言が出る。
椅子が引かれる音。
足音。
誰も、姫に声をかけない。
慰めも、非難も、励ましもない。
姫は最後まで席に残る。
人がいなくなった大評議室は、広すぎた。
私室に戻ると、ノクスがいた。
いつも通りの場所。
いつも通りの顔。
姫は何も言わない。
ノクスも何も聞かない。
机の上に、新しい公文書が置かれている。
責任者欄。
「全権代理殿下」
姫はペンを取り、署名する。
ためらいはない。
ただ、手が少し重い。
責任は、誰かが取らなければならない。
そして彼女は、それを選んだ。
沈黙は、静かだった。
――だが、この城で一番、うるさかった。




