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姫!侵入者です!  作者: 南蛇井


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第10話:間違い

朝の光は、いつも通り執務室に入ってきた。

差し込む角度も、机の影の形も、昨日と変わらない。


変わらないからこそ、姫は安心すべきだった。


「次。旧補給路地区の件です」


副官の声は平板だった。

地図が広げられる。赤い印は少ない。


「魔力反応は微弱。モンスター種は低位。数はやや多めですが、拡散傾向はありません」


姫は頷き、指で地図をなぞる。


過去の記録が、頭の中で整然と並ぶ。

十年分。

同型事例。

被害、すべてゼロ。


「即応部隊を出しますか?」


一瞬の沈黙。


姫は顔を上げない。


「出さない」


即答だった。


「監視を強化。自動結界は通常運用。人員は動かさない」


副官が一瞬、口を開きかける。

だが、何も言わない。


姫は淡々と続ける。


「火事じゃないわ。焦げ臭いだけ。

 水をかけるほどでもない」


それは、正しい判断だった。


城の防衛線は限られている。

一箇所に兵を寄せれば、別の箇所が薄くなる。

数字は嘘をつかない。


会議はそれで終わった。


旧補給路地区では、人が働いていた。


倉庫の扉が開き、荷が運ばれ、声が交わされる。

日常だ。


モンスターは弱かった。

一体一体は、脅威と呼ぶには小さすぎる。


だが、数がいた。

散らばっていた。


自動結界が作動する。

侵入は防ぐ。

――中にいる人間の動きは、考慮しない。


誰かが転ぶ。

誰かが叫ぶ。


灯りが落ちる。


それだけだ。


戦闘はすぐに終わった。

大事にはならなかった。


だから、報告は遅れた。


午後。

執務室に、ガイウスが入ってくる。


礼は最小限。

無駄な言葉もない。


「殲滅は完了しました」


姫は頷く。


「被害は」


「限定的です」


そこまでは、想定内だった。


ガイウスは一拍置く。


「……死者が出ました」


その言葉は、音としては小さかった。

だが、執務室の空気が、わずかに歪む。


姫は何も言わない。


「数名です。詳細は書面にまとめました」


机に置かれる報告書。

紙の音が、やけに大きく聞こえる。


姫はページをめくる。


被害欄。


「死亡:数名」


そこに、理由は書いていない。

誰のせいかも、書いていない。


姫は地図を見る。

自分が線を引いた区域。


「……判断は、合理的でしたか」


問いは、静かだった。


ガイウスは即答する。


「はい」


一切の迷いがない。


「過去事例、配置、優先度。

 どれを取っても、間違いとは言えません」


姫は、ほんの少しだけ息を吐く。


「ですが」


ガイウスは続ける。


「結果は、これです」


それだけだった。


責めていない。

だが、否定もしていない。


姫は報告書を閉じる。


「……下がって」


「は」


ガイウスは踵を返す。

去り際、一瞬だけ、足を止める。


何か言いかけて、やめた。


扉が閉まる。


音が、やけにきれいに響いた。


廊下を歩く。


足音が、自分のものだとわかるまでに、少し時間がかかった。


角を曲がったところで、レオンとすれ違う。


彼は、姫の顔を見て、言葉を失った。


何も聞かない。

何も言わない。


それが、ひどくありがたかった。


姫は視線を逸らし、そのまま通り過ぎる。


私室。


ノクスが、すでにそこにいた。


姫の足元に座り、動かない。


「……正しかったはずなのよ」


誰に向けた言葉でもない。


ノクスは鳴かない。

肯定もしない。

否定もしない。


それが、正解だとわかってしまう。


姫は椅子に座り、手を組む。


震えはない。

涙もない。


ただ、胸の奥で、何かが音もなく折れた。


新しい報告書が届く。


被害欄。

「死亡:数名」


姫はその行を、指でなぞる。


消せない。

書き換えられない。


「……次は、もっと慎重に」


独り言は、決意にも、慰めにもならなかった。


間違いは、大きくなかった。

だからこそ、誰も止められなかった。


城は、今日も守られている。


ただし――

もう、同じやり方ではない。

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