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姫!侵入者です!  作者: 南蛇井


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1/3

第1話:姫!侵入者です!

紙をめくる音だけが、城の静寂をかろうじて生かしていた。


「次の案件です。西部領の用水路補修費用について——」


「三行で。四行目が出たらあなたの給料から削るわ」


 玉座に座るエリシア・リュミエールは、視線を紙から外さない。


「……老朽化が進行。放置すると来年の収穫量が——」 「来年? 希望的観測は占い師に任せなさい。今すぐ回せる予算を探して」


 マリアは一切表情を変えず、書類を差し替えた。  机の紅茶は、もう完全に死んでいる。


 ——バンッ!


「姫!侵入者です!」


 エリシアはペンを置いただけだった。


「その声量、敵を呼びたいの? それとも私を殺したいの?」


「し、失礼しました!」


「謝罪は後。報告を先。感情は邪魔」


「侵入者です!」


「だから何」


 ようやく視線が上がる。


「種類、位置、被害。余計な修飾語は禁止」


「オーガ一体、ゴブリン一体、スライム一体。内回廊。被害なし」


「編成が学芸会レベルね」


「……は?」


「力任せ、浅知恵、液体。戦略性ゼロ。思いつきで城に来るな」


 地図を引き寄せる。


「通路Aを開放。BとCは封鎖。床制御魔法、第三節点解除」


「解除、ですか?」


「ええ。考える筋肉がないなら、滑らせなさい」


 マリアが即座に命令を展開する。


 オーガは開いた通路を見つけ、疑問を持つ前に走った。


 そして盛大に滑り、壁に突っ込んだ。


「はい、一体処理」


「……生存確認します」


「不要。今の衝撃で考える能力は完全に失われたわ」


「次はゴブリンです」


「警報を不規則に」


「理由は?」


「自称頭脳派は、想定外に弱い。試験に出るわよ」


 警報が乱れ鳴り、ゴブリンは右往左往し——


 自分の罠に落ちた。


「……自滅です」


「知恵を使う前に、自分の足元を見るべきだったわね」


「残りはスライム一体です。玉座の間に——」


「……迷子ね」


 ぬるりと這う半透明。


 兵が構える。


「下がりなさい。それは今、世界で一番害がない存在よ」


 エリシアはスライムを見下ろす。


「城は複雑なの。あなたの知能で入っていい場所じゃない」


 地図を床に置く。


「出口はここ。二度と来ないこと。次は処分する余裕がない」


 スライムはぷる、と震え、深々と頭を下げた。


「礼はいらない。学習だけしなさい」


「被害報告です。人的被害なし、建物損傷なし」


「当然」


「さすがです、姫」


「感心する暇があったら、防衛計画を三案作り直しなさい。今のは穴だらけ」


 静けさが戻る。


 マリアが次の書類を差し出す。


「次の案件を」


 エリシアは一瞬だけ目を閉じた。


 黒猫が机に顎を乗せる。


「……次。休憩は、死んでからでいい」


 被害報告。


 侵入者三体。被害——城、なし。

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