01
聖女ミレイアが消えてから、三年が過ぎた。
世界はあの日、再び光を手にした。
魔物に荒らされた土地にも、人々は少しずつ戻りはじめ、焼け落ちた街の跡には新しい家が建ち、王都の市場には、子どもたちの笑い声が戻りつつある。
復興は確かに進んでいる。
それは——聖女が祈りと命を懸けて守った未来そのものだ。
だが、その未来のどこにも、彼女の姿だけはなかった。
*
まだ薄明かりの残る早朝、王宮の裏庭にひとりの若き騎士がいる。
アレクト・ソルヴィエル。
王太子の第一護衛として国の中心に立つ男だ。
彼は、誰もいない王宮内の温室の前で剣を振る。
その静かな音だけが、朝の空気を切り裂いていく。
三年の間、彼は毎朝ここに立った。
理由を問う者はいない。
温室には聖女と騎士だけの思い出がある。
聖女が気に入っていた温室の中は、あの頃のように花は咲いていない。
三年前。
光に包まれながら、切なげに微笑んだ聖女の姿。
〈アレクト、もう……大丈夫だよ〉
最後まで誰かを気遣い、自分の痛みを隠して笑った少女。彼は守りたかった。しかし守れず、失い、その悔いだけが胸に残った。
だからこそ剣を振る朝は、いつもほんの少しだけ痛む。
*
その朝――
彼の視界を、銀青色の小さな光がかすめた。
ひどく儚く、風に揺れれば消えてしまいそうな粒。
露でもない。陽光でもない。
ただひとりの少女が放っていた、あの色。
アレクトだけが知る色。
「……また、か」
そう呟いた彼の手の届くほど近くで、
光はふわりと揺れ、まるで彼を見上げるように漂った。やがて、霧のように静かに消えゆく。
三年の間、誰にも気づかれない微かなこの光を、彼だけは何度も目にしてきた。
聖女ミレイアが聖魔法を使うとき、
必ず放たれていた銀青色の輝き。
先ほどの光も、まったく同じ色だった。
その瞬間、彼の胸はひどく痛む。
忘れられるはずがない――ミレイアの色だ。
その色を見るたび、三年経っても終わらない痛みが静かに締めつける。
触れることもできず、声も届かない光が、
今もなお彼に“あの日の聖女” を思い出させ続けている。




