その権利いりません
誤字報告ありがとうございます。
改行を試し中なので、一部文末を弄ったりしておりますが内容に変わりはありません。
もしかしたら、元のつめつめ文章に戻すかもしれませんが…。
ご迷惑おかけします。
「アリスドール、話があるから放課後生徒会室に来てくれ」
授業の合間の休み時間にコーネリウス・バートン伯爵令息から告げられた。彼はフローレンス達の学年の生徒会役員である。ポジションは二人いる副会長の一人。人気があるらしくチラホラと女生徒から視線を感じる。
「生徒会長にすでに話を通しているから来てもらわないと困るのだが」
フローレンスが断りを入れる前にバートン伯爵令息が言った内容に、「私は困りません」という言葉を飲み込んでしまったのは淑女教育の賜物か。無意識に発揮されてしまうとは畏るべし。
身体に刷り込まれているとはこういう事かとフローレンスは己が腐っても貴族らしいと実感した。腐ったものはさっさと切り捨てた方が良いと思うのだけれど、昨年の謁見で父と共に腹を括って爵位返上を申し出たのに了承を得られなかった事が悔やまれる。実に無念である。
「あの子また誘われてるわ…」
「いいなぁ~私の事も誘って下さらないかしら」
「あれだけ誘われて断るなんてちょっと生意気じゃない?」
「あれでしょ『わたし跡継ぎなので』ってやつ」
「でもそれなら何度も誘われないでしょう?あの子がはぐらかしているんじゃないかしら」
「ああいうお高く止まってる所が苦手なんだよなあ」
「頭は良くても高々子爵令嬢なのにちょっと生意気だよなあ。コーネリウス様気さくで良い人なのに」
「姉のフィリア様はあんなに綺麗で淑やかなのに地味で愛想も悪いしな」
このようにバートン伯爵令息は男女共に人気である。彼に限らず生徒会のメンバーに対する生徒の反応は半数以上はこんな感じだ。
フローレンス達が通う学園には十三~十六歳の貴族子息子女が入学し三年間勉学に励み卒業するのだが生徒会は各学年毎にある。学園生活や行事の準備などの際に意見を取りまとめたり、予算を確保したり困り事に対して必要とあれば教師と交渉する…など実態はリーダー兼雑用係である。
メンバーは四人~六人程度で成績優秀者の中から抜擢され本人が了承する事でメンバーとなるが、歴代生徒会に属すのは跡取りではない子息子女が多い。跡取りが決まっている者は存外多忙で必要以上に学園の運営に関わっている場合ではないからだ。
それでも昔は成績順で強制的に加入させられていたらしいが、「生徒会に所属の有無は本人に決定権があるべきだ」と声を上げ署名を集め根拠をレポートにし校則の一つとして組み込んだ猛者がいたらしい。全く素晴らしい事である。
かといって生徒会にメリットがないかと言えばそうではない。年齢も身分も異なる子息子女が過ごす三年という期間リーダーを勤め上げるという事は能力があるという証明に他ならない。もちろん学年崩壊でもすれば話しは別だがそれは例外中の例外。
卒業後の就職先を自分でどうにかしなければならない者にとっては教師からも信頼される生徒会に加入すれば推薦が貰いやすかったり、そもそも成績優秀でなければ入れないのでそれだけで文官から声を掛けられたりもする。そういう訳で後継ぎ以外の子息子女がメンバーとなっている事が多いのである。
中にはちやほやされるのが好きとか、生徒としての責務だと後継ぎであっても引き受ける者もいるようだが能力があり本人が納得しているのなら問題ない。
ちなみに、フローレンスの代の生徒会長というのはディーゼベルグ公爵令息の事で、ランディール公爵家よりは歴史が浅いがそれでも三百年以上続く名家であり、王家派の筆頭がランディール公爵家なら中立派の筆頭はディーゼベルグ公爵家という具合に公爵家の中でも力を持つ家柄だ。
そんな家の次男が生徒会長になった為かフローレンス達の学年は数年振りに揉め事が少ないと教師達からの評判がすこぶる良いらしい。そして、生徒達からの評判も良く一部の生徒の間ではファンクラブなるものが結成さているらしい。そんな生徒会長も了承している事をあっさり拒否すると面倒臭い事この上ない。ファンというのは常に熱意に溢れているのである。
それでも後からこっそり断ろうかと考えていた所、生徒会顧問の教諭が「僕は止めましたよ。止めたのですが……」と大変申し訳無さそうにしながらも生徒会室に来て話だけでも聞くようにと言われてしまいフローレンスは今後生徒会のメンバーの事は全力で避けようと固く誓った。
「失礼致します」
放課後生徒会室前に着いたフローレンスはノックをして〇.一秒待ち返答がなければ走って帰ろうと本気で考えていたが、ノックをする前に扉が開き中に入るよう促されてしまった。実に無念である。
「ちゃんと来たな」
満足気に発言したのはバートン伯爵令息である。何故いつも少しだけ偉そうなのか。爵位が上だからなのか?これだから身分社会は。
「……ディーゼベルグ公爵令息はいらっしゃらないのですか?」
「あら、会長に用だったのかしら?」
書記のエルマー伯爵令嬢の問いにフローレンスはどういう事かとバートン伯爵令息を視線だけで見るがしてやったりという顔をするだけである。
これは生徒会室を破壊しても許されるのではないだろうか。風魔法か水魔法…風魔法の方がコントロール威力共に申し分ないかしら。
バートン伯爵令息に対して入学以降少しずつ沸点が低くなっているフローレンスは攻撃的思考に移りやすくなっていた。
「私はバートン伯爵令息より話があるから生徒会に来るよう申し入れがあり、それはディーゼベルグ公爵令息の了承も得ている事であり断られると困ると言われて本日参りました。ですので、いらっしゃるのだと勘違いしてしまったようですわ」
「ちょっと会長の名前を勝手に使ったの?」
「彼女が人前では意地をはって了承できないから会長と先生の了承を貰っておいたんだ」
意地を張るなどとんでもない。いつだって素直に率直に返答しているというのにこれ如何に。
とりあえずここにいる全員に障壁を展開して貰って…いえ、これは個人的な鬱憤をはらすためのものだから浮遊の効果と結界魔法を各々にかけて怪我をしないよう配慮しなければ……。
「なるほどねぇ」
「アリスドール、お前を会長の秘書に推薦した、ありがたく思えよ」
一体誰がそんな面倒な立場を望んだと言うのか。だいたい会長の秘書とは?秘書というのはつまり補佐である。会長の補佐は副会長の仕事であり、二人の副会長に加えてさらに補佐が必要という事は会長であるディーゼベルグ公爵令息、副会長であるホーセン侯爵令息、バートン伯爵令息何れかの能力が不足している証明となってしまうのは良いのだろうか。
本当に意味がわからない面倒臭い魔力は足りるさっさと吹き飛ばそう、とまで考えてアランに迷惑がかかるかもしれないと思い至った。自分が退学になる分には別に構わないが婚約者のアランの評判まで下げてしまうのは如何なものか。
フローレンスは吹き飛ばすのは一旦頭の隅に追いやる事にした。
「お誘い頂き誠に光栄な事では御座いますが、私未熟なものですから家の事で学ぶことが多い身です。生徒会長であらせられるディーゼベルグ公爵子息の補佐を務めると言うのは私には大変荷が重い事で御座いますわ」
そもそもだ、入学して半年経つが生徒会が人手不足などと言う話しは聞いた事がない。
むしろ、ディーゼベルグ公爵令息が会長となったお陰で統率が取れて落ち着いていると言われているくらいだ。絶対に補佐など必要ない。バートン伯爵令息はいったい何がしたいのか。自分が楽をしたいのか。それなら生徒会を辞めればいいのに。
入学してすぐ生徒会加入の誘いをきっぱり断ったフローレンスだが、それ以降もこのバートン伯爵令息は何度も何かしらの理由を付けて教室や廊下で生徒会室に呼び出し、生徒会に加入するよう言ってきていた。
何なら試験の度に「今回も必死に勉強したようだな」、「魔法はきりぎり及第点って所か」などど上から目線の何のためにもならない言葉を掛けてくる始末。毎回短い相槌で終わらせて、誘いもはっきり断っているのに熱心な事だと一周回って感心すら覚えていたが、最近はアランとのお茶会が定期的に行われる。
それに加えて父が引き継ぎを大層張り切っている所為で課題が増えているから今までよりずっと忙しくなる。
もう呼び出しはやめて欲しいと強めに釘を刺す必要があるかもしれない。何なら話し掛けてくれなくて良いとも伝えてしまおうか。
今までの呼び出しにも応じる必要はなかったが、断る方が面倒臭かった。何せ生徒会メンバーは他の生徒から羨望の対象となっている。そんな彼らからの誘いを一々断っていたら余計な諍いを生むだけである。それに只でさえ婚約者候補もいないフローレンスの将来の婿候補がさらに減ってしまうという危惧もあった。
しかし、今となってはアランという素晴らしい婚約者を手に入れたので遠巻きにされようとも困らない。
なんて素晴らしいのかビバ婚約!ランディール公爵家に末永い繁栄を!
「生徒会メンバーになれば相応の権利がついてくる。学園生活を送る上でヒエラルキーの頂点にいるのはメリットが多いと思わないのか?」
「生徒会相応の権利、ですか。別に要りませんわね」
「……ちょっと、失礼なのではなくて?」
「まあ、気分を害してしまったのであれば誠に申し訳御座いません。あくまでも私個人にとってはあまり魅力的とは思えないという話で御座いまして。もちろん生徒会の皆様は教養と品位に溢れ、輝かんばかりの雰囲気を纏っておいでで全生徒の憧れと言っても過言では御座いませんわ。大変素晴らしく日々尊敬の念を絶えず抱いておりますとも。何せ権利を享受する代わりに細々とした調整や管理をして下さっているのですもの、感謝の念こそあれご不快な思いをさせる意図など全く御座いません。
ですが、私は大変不本意ではありますが入学以前から家を継ぐ事が決定しておりました。授業の後はタウンハウスで父から送られてくる課題がありますし、休日は婚姻後は交流の頻度が格段に少なくなるフィー姉様との交流や最近では将来の旦那様との交流も加わりました。それに加えて生徒会長の秘書を兼任など…とてつもなくめ、い誉な事ではありますがどちらも中途半端な事になりかねませんので、大変申し訳御座いませんが謹んで辞退申し上げます」
「会長がディーゼベルグ公爵令息が望んでいるのに断るのか?俺やコーネリウス、エルマーだってあんたより家の爵位は高いが良いのか?」
ホーセン侯爵令息が少しばかり不服そうな口調で言う。
「校則第二十九条――生徒会役員は原則成績上位優秀者五名から抜擢するが基本的な決定権は生徒本人が持つものとし、正当な理由により拒否した場合は他生徒を繰り上げる
校則第三十条――生徒会役員を断る事由として、学業への支障、後継者教育は優先度が高いものとする
校則第四十二条――生徒会役員を含む生徒主体の活動において家の身分を用いて命じる事を禁ずる」
つらつらと上げられた校則の内容に生徒会メンバーは目を丸くした。そして、最初に我に返った会計のホスキー子爵令嬢が分厚い校則典を手に取り確認する。
「……あってます…」
「そういう訳ですので、私には断る権利が御座います」
「「「……」」」
今まで生徒会メンバー達はフローレンスがコーネリウスの誘いを断るのはパフォーマンスだと信じて疑っていなかった。男女関係なく人気のあるコーネリウスから直接声を掛けられて嬉しくない筈がない。
人前で堂々と断ることで「私は他の生徒とは違うのよ」と価値を示した気になって内心ほそくえんでいるに違いないと。だから今回渋る教員を説得し「先生からも説得されて仕方なく」という理由まで用意したのだ。ここまでお膳立てしてやれば喜んで応じるだろうと確信していた。
しかしだ、目の前のフローレンス・アリスドールは喜ぶどころか入室してからずっと無表情で淡々と言葉を返してくるのみ。内心喜んでいるにしてもあんまりな態度である。
これはもしかして本当にただ断っているだけなのではないだろうか、コーネリウス以外のメンバーがそう思いはじめていた所での校則の羅列である。疑惑が確信に変わりつつあった。
「…だが、君の成績なら後継者教育の課題とやらも学生の間に無理にせずとも問題ないのではないか?経営学での成績も常に上位じゃないか。生徒会に入れば権限も増えるぞ?」
「私は現状学園生活に不満は御座いません。そもそも何の権利があって家族でも何でもない赤の他人に根拠のない『君なら大丈夫』などという無責任極まりない言葉をかけられなければならないのでしょうか。貴方様の言う通りにして卒業後後悔した場合責任を取って頂けるという事でしょうか?学園で学ぶ経営学は確かに基礎知識として大切ですが実際に政務をこなす上では不足している部分が多いと言わざるを得ません。それを補う為の課題なのですよ?『家を継ぐにはまだ足りない』と当主である父が判断している事に異を唱える根拠はなんですか?」
「…いや、それは……」
「そもそも生徒会であろうと立場のある権利なんて面倒な義務の塊、……いえ、とにかく私には必要ない上に負担が大きすぎるという話です」
「…生徒会は成績優秀な生徒の義務だと思わないか?」
「授業やその他の学園行事には休まず参加しておりますし、先生方からの雑務も基本的には引き受けており、成績もそれなりです。学生としての権利を享受している分の義務は果たしていると認識しておりますわ。それに、成績優秀者でも家の事情などで辞退している方はいらっしゃいますよね?何故私だけが何度も勧誘を受けなければならないのでしょうか?」
「…それは……俺は…ただ」
バートン伯爵令息がいい終える前に扉がノックされた。
「フローレンス迎えに来た」
「アラン様」
「予定の時間になっても来ないから心配した」
「申し訳ありません。思ったより話が長引いてしまいまして」
「私の婚約者をそろそろ解放して欲しいのだが」
「……婚約したというのは本当だったのか」
答えたのはバートン伯爵令息だった。
生徒会に入らない為の方便だと思っていたらしい。確かにフローレンスもアランも言いふらしてはいないが、隠してもいない。実際、付き合いのある家の生徒からは祝いの言葉を掛けられている。
「ええ、私の成人と同時に婚姻届も提出致しますわ」
「学園を辞めると言うことか?」
「いいえ、卒業致しますがアラン様を逃さない為に先に婚姻届を提出してしまおうと決まったのです。何せ私人気が無くて婿候補がいなかったものですから」
「……まだ名乗りを上げていなかっただけかもしれないだろう」
「デビュタントをして二年、学園入学して九ヶ月も過ぎたというのに釣書の一つも届かないのは紛れもない不人気ですわ」
「フローレンスに人気が無いのではなくて、周りの問題だと思うが…私も同意しているしこの件に関して君が口を挟む権利はないぞ。両家が同意し陛下にも話を通して了承も得ている」
「……」
「生徒会は基本的には『跡取りではない』成績優秀者から選ばれ卒業後の進路を決める際に箔が付くというのが最大のメリットだろう。本当に秘書が必要なら有能でかつ先が決まっていない者を選んだ方が有意義だと思うが」
「……」
「まあいい。私達には関係の無い話だ。今後は勧誘はしないでくれ。フローレンスがいなければ回らないなどと言うなら生徒会は一度解散すべき状況という事だからな。ディーゼベルグ達がいてそんな不甲斐ない事になるとは思えないが」
悔しそうにするバートン伯爵令息を一瞥してアランはフローレンスに手を差しのべる。
「帰ろうフローレンス」
「ええアラン様。皆様、失礼致します」
美しいカーテシーをしてアランのエスコートを受けてその場を離れた。
「…よかった……君の我慢に限界が来たらどうしようかと思った」
まさか生徒会室を吹き飛ばそうとしていたとまでは思い至らないものの、何かやらかすのでは無いかと知らせを聞いてマナー違反もお構いなしに全力で走ってきたアランである。
「あら、押しきられる事は心配して下さらないのですか?」
「その心配はしていなかったな……」
「まあ!アラン様ったら、それは信頼として受け取っておきますわ。それにしても予定にはまだ早い時間ですのに素晴らしいタイミングでしたわ」
「ああ、ラーナス子爵令嬢が教えてくれたんだ」
「ラーナス子爵令嬢が、ですか?」
「前から勧誘されていたんだろう?君は最初にはっきり断っていたのにバートン伯爵令息がずっと一方的に勧誘を続けているから気になっていたらしい」
「そうだったのですね、週明けにお礼を申し上げないと…もしかしたらお友達になれるかもしれませんわ」
「そういえばフローレンスが他の生徒と一緒に行動しているのを見かけた事がないな」
「グループ学習は人数が不足している所に入れて頂いていますわ。ただそれ以外の時間は友人がおりませんので一人で行動しておりますわね。迂闊に話し掛けると派閥がどうとか、気分が乗らない時でもお話しなくてはいけないでしょう?それを面倒だと思ってしまう私は友人を作らない方が良いと思っておりましたので今まで友人は一人もいなかったのです。ですが、来週は少しばかり頑張ってみますわ」
「そ、そうか…応援している」
そこそこ友人がいるアランは『どうか友達一号になってくれますように』とラーナス子爵令嬢に祈った。
週末、バートン伯爵家執務室。
ただ、初めて話した時に自分に全く興味を示さなかったのが新鮮で関わりを持とうと生徒会に誘っていただけだったのに。他の生徒に探りを入れても婿入り先としては釣書も送らず『保留』としている者が多かった。それなら交流を深めてから申し込めば泣いて喜ぶに違いない、何なら向こうから頭を下げてくるだろうと思っていたのに。
自分以外と親しげに話している者などいなかった筈なのにいつの間にか婚約していた。それもランディール公爵家と。だが、婚約中ならまだ何とかできないかともっと身分や教養が公爵家にふさわしい娘をあてがえば白紙に戻すのではないかと父親に泣きついた所返ってきたのは深い溜め息だった。
「…面倒な事をしてくれたな」
文武両道で昔から褒められた事しかなかったコーネリウスは父親からの苦言に驚いた。これは自分に向けられた言葉なのか。
「我が国はガーランド大陸の中でも歴史が長い。それは知っているな?」
「当然です。建国から五百二十三年…多少の混乱はあれど、国を滅ぼすような大事は起こらず、自然災害などで一時国力が弱っても他国が攻め入る隙を与える程ではなく、かといって侵略もしない為に“永久の中立国”と言われ一目置かれるようになりました」
「そうだ。だが、歴史が長い程に血は混ざり、家は分かれていく。不正、流行り病、災害、経営難…理由は様々だが没落によって名が消えた家や、名は同じでも血が途切れている家は多く建国以来から絶えず続いている家は僅かだ。我が家ですら三百五十年前に当時の王弟に与えられた一代限りの公爵としてはじまっている」
「三百五十年あれば十分ではありませんか。我が家より古い家などそれこそ王家とランディール公爵家、ブランリュート侯爵家くらいでしょう?」
「アリスドール子爵家もだ」
「……は?」
「むしろアリスドール家は建国当時から続いているからおよそ四百二十年前に伯爵家から分家したのがはじまりのブランリュート侯爵家より長い」
「……は?そんな筈がないでしょう!?では何故子爵家なのですか!そ、そうか何か罪を犯して降爵をしたんですね!?」
「いや、むしろどの代も功績を上げている」
「そんな話聞いたことがありません!」
「ないだろうな。当人達が放棄している上に善意のつもりで広めたら訴えられるから誰も自ら広める事はしないようだ…本当に意味がわからないが……貶めようとする輩の策には嬉々として嵌まろうとする癖に功績を称えられる雰囲気を察すると全てを王家に献上して身を引いているらしい。俄には信じがたいだろうが……二代前の当主が我が家の総力を上げて調べた結果紛れもない事実だと判明した」
「曾祖父様が…?」
「そして滅多に社交に顔を出さないがあの家の影響力は計り知れない。基本的には意味がわからない程に無害だが、その気になれば反乱を起こして頂点に立てるだけの力がある」
「何を…そんな……たかが子爵家がそんな筈は…」
「そのたかが子爵家が管轄する領地の数は九だ。途中で統合させた領地もあるから元の数は更に多い。現在我が国の領地は五十八。小さな領地を含めているとはいえこの異常さがわかるか?それを代官がいるにしても最終的な決定は全て当主がしているんだ。凡人ならとっくに不和が出るものだが、どこの領地も安定した経営をしながら他領に何かあれば真っ先に手を差しのべる……。ランディール公爵家が表の忠臣ならアリスドール子爵家は陰の忠臣だ。過去に簒奪を企てた者もそれなりにいたが奴らが失敗した要因にアリスドール家が関わっているという。策に嵌まるフリをして王家の敵を排除しているのだ。毎年爵位返上の為に陛下に謁見しているというふざけた噂があるがそれも不穏分子を炙り出す罠だ。あの家に不必要に関わるのはやめておけ。娘に好かれているのならともかくそうではないのだろう?ランディール公爵家の末息子と婚約したのならなおのことだ。敵に回せばいつ消されてもおかしくない」
「…………」
コーネリウスは言葉が出なかった。
週明け。
「おはようございます、ラーナス子爵令嬢」
教室の自席で目立たぬように息を潜めて日々生活しているラーナス子爵家の長女シェリーは登園してすぐに話し掛けられて肩を跳ねさせた。
「は、はいぃ…お、おはようございますアリスドール子爵令嬢」
「先日はアラン様を呼んで下さったとお聞き致しました。ありがとうございます」
「そ、そんなっめ、滅相もないです…ま、前から、何度もしつこ…ね、熱心に勧誘されててき、気になっていたものですから、せ、先生まで出てきてその心配になって…す、すみませんわた私なんかが烏滸がましいと思ったのですが」
「烏滸がましいなんてとんでもありませんわ。少々苛立ってしまって生徒会室を吹き飛ばしてしまいたい衝動をどうしたものかと悩んでおりましたので大変助かりました。それに…私あまり親しい友人もおりませんので心配して下さる方がいると知って嬉しかったのです」
「そ、それならよよかったです」
悩みの方向性が予想と違って困惑しつつも、自分の行動に感謝を示されてシェリーはほっとした。緊張するとおどおどしてしまう上に吃音も出てしまって昔からからかわれたり鬱陶しがられて来た。その為こんな風に気にする素振りなく話を続けてくれる人は家族以外で随分と久しぶりだった。
「ご迷惑でなければ時々話し掛けてもよろしいでしょうか?」
「ももちろんです!と、時々じゃなくて毎日でも!あ、でも本に集中している時はき、気づかない事もあるかもしれないのですが…」
「ふふ、私も読書は好きなのでわかりますわ。嬉しいです、よろしくお願いしますラーナス子爵令嬢」
「よ、よろしくお願いしますアリスドール子爵令嬢」
フローレンスは友達一号をゲットした。
「あれ以降勧誘されていないか?」
「ええ、むしろバートン伯爵令息は私の事を何か恐ろしいものを見る時の目をされるのです。私生徒会室を吹き飛ばしたいとは確かに考えましたけど顔や態度には出していない筈でしたのに…まだまだ修行不足ですわ」
「……関わって来なくなったならひとまずいいか。何かあればすぐ知らせて欲しい」
バートン家の動向を父親の協力を得て調べたアランは関わらなくなった本当の理由に見当がついていたが、フローレンスには伝えなかった。言っても話がややこしくなるだけなので。
「ハッ!むしろ生徒会室を吹き飛ばせば罰として爵位返上もあり得たのではないでしょうか!私としたことがうっかりしていましたわ!今からでも吹き飛ばして」
「ま、待て待て!」
普段は聡明であるのに爵位の事になるととんでもない方向に突っ走るフローレンスはやると言ったらやる。
正直部屋の一つくらい吹き飛ばしても爵位返上には至らないだろうが、そこに謎の説得力のある理由を付け加えるのがアリスドール家の者は上手かった。婚約の話し合いの時にアランは身に染みて実感した。それに怪我人が出てしまえば実刑が下される可能性は高い。
「その、フローレンスの代は俺が当主としての権限を持つから返上の必要はないんじゃないか?できるだけ早く覚えるからそうしたらフローレンスの好きな事ができる時間が増えるだろう?首を差し出すより植物研究をした方が有意義じゃないか?……それに寂しいし」
爵位返上して二人そろって平民となるなら伝手はあるから暮らして行くのはどうにかなる。が、首がなくなったら一緒には過ごせなくなる。
「まあ……私割と面倒臭くて厄介な性格をしていると思うのですが、アラン様はそんな私の事を惜しんで下さるのですね。確かに…子どもの代は子どもに一任すれば良いですものね。もしかしたら、アラン様に似た真面目な子が産まれるかもしれませんし、爵位返上は必要ありませんわね。ふふ、ありがとうございますアラン様。私これでもアラン様とは末永く過ごしたいと思っておりますわ」
一番の本音をおまけのようにしか伝えられない己の性格が残念でならないアランだったが、フローレンスの言葉にほっとして引き継ぎを頑張ろうと改めて決意するのだった。
「ああの…私お邪魔なのでは…」
さっそく昼食に誘われたシェリーが遠慮がちに言うと「まさか」と同時に言われた。
「そんな事はない、どうかフローレンスと末永く仲良くして欲しい」
「よろしくお願いいたしますわ!葬儀の際には是非ともお花を添えて頂きたいです!」
「ええぇと」
少々重たい事を頼まれつつ、お菓子を食べたりのんびり話をする事もあれば、各々本を読んだり課題をしたりマイペースに過ごす事も多い二人に案外早く馴染むのはこの時のシェリーはまだ知らない。
*おまけ
「ごめんね~?コーネリウスが迷惑掛けたんでしょ?」
「ディーゼベルグ…」
「あいつ拗らせてたからさ~この際はっきりフラれた方が双方にとっても良いんじゃないかと思ってね」
「それでフローレンスが断れなかったらどうするつもりだったんだ」
「あはは大丈夫でしょ、だってアリスドールの子だよ?それも嫡子!そんな簡単に流されてくれるなら王家の方々も苦労しないって~」
「……」
「万が一加入してくれるならそれはそれで即戦力だから大歓迎!って感じかな」
「……」
「あははっ!すっごい嫌そう!アラン君は本当にからかい甲斐があるな~」
楽しそうなディーゼベルグ公爵令息のユーリスと苦い顔をしたアランが目撃されて『見守る会』ができたとかできなかったとか。
最後まで読んで頂きありがとうございます!
権利あげます、との辻褄が合わない事にコメントを頂き気づきました。
学園入学して半年過ぎても釣書が来ない→学園入学して九ヶ月過ぎに変更します。
申し訳ありません。