9 おじさん
「レオンもぽよちゃんも、お兄さんが保護してるよ」
「やっぱり! 返してよ!」
保護だよ? 奪ったわけじゃないんだよ?
やめて、防犯ブザーを突き出さないで!
「返しはするけどさ、お父さんやお母さんは、このこと知ってるのかな?」
うーん、どうやらご両親は知らないようで、お姉ちゃんも少しトーンダウンしている。
「まずは落ち着いて話そう。ほら、麦茶とお菓子も出すからさ」
「お姉ちゃん……」
「心配しないで、私が守るから」
「マスター、少女を脅し、家に招き入れる事案が発生しています」
してないよ! そんな事案、発生してないよ!
縁側に少女たちを座らせ、お茶の準備をしながら獣医さんと駐在さんに連絡する。これで問題はない……はず。
麦茶とお菓子は出してみたけど、手をつける様子もなく、警戒心マックスの猫くらいの距離感を取られている。
「お兄さんは悪者じゃないよー。犬もね、ちゃんと獣医さんに預かってもらってるんだよ」
「お兄さん? おじさんじゃないんだ」
妹ちゃんが、ボソッと心にクリティカルヒットすることを言ってきた。
「こう見えても、まだ34なんだよ?」
「お父さんより年上だ」
うぉぉ……俺の心が壊れるぅぅ!
「ダメよ、おじさんほど若く見せようとするんだから。今は刺激しないで」
「ごめんなさい、お兄さん」
しっかりした娘さんたちだね。でも、おじさんのライフはもうゼロだよ。
「レオンを返して!」
「ぽよちゃんも!」
「返すよ。ただ、あと三十分くらい待っててね」
警察が来るって言ったら、逃げる可能性がある。
特にこのお姉ちゃん、いろんな意味でしっかりしてるから、絶対に逃げる。
「二人は何年生なの?」
「こじんじょーほうを、知らない人に言うわけないでしょ」
「きっと変態さんなんだよ、お姉ちゃん」
何年生か聞いただけで変態扱いされるなんて、世知辛い世の中だな。
「マスターは変態だったのですね」
違う違う、年齢を聞いただけでそうはならないよ! ならないよね?
「おじさんは変態じゃないからね。これはただの世間話だったの……もう少し待っててね」
こ、怖くて近寄れないよ。彼女らが見える位置で、駐在さんの到着を待とう。
——二十分ほどして、まずやってきたのは獣医さん。
姉妹の頭にゲンコツを落として、泣かせていた。世間的にはいいのか、それ! 流石は田舎だ。
犬を飼う、命を預かる責任について、懇々と説教を始める獣医さん。
俺にできるのは、追加の麦茶を出すことくらいだ。
少し遅れて駐在さんもやってきて、二人を見るなりどこの家の子か把握したらしく、すぐに電話をかけ始める。
話によると両親は町役場に勤めているらしい。道理でいろんな意味でしっかりした子たちだ。
お説教にしょげた少女たちは、お菓子を不貞腐れながら爆食いしていた。
続いてやって来たのは若い女性。お母さんじゃない……多分、お姉さんとか?
その姿を見た姉が一目散に逃げ出す。
「凛乃! 待ちなさい!」
女性が叫びながら追いかけていった。
駐在さんの話では先生みたいだけど、二人とも足が速い。
妹の方は、悟りを開いたような顔で諦めていた。
次々に集まる大人たちに、観念した顔をしている。
最後に登場したのは、二人のご両親。
奥さんは、引っ越しの挨拶の時に一度だけ会ったことがあったけど、この地域には目的があって引っ越してくる家族連れ、夫婦が多いのに独身男が目的もなく来たことからか、少し訝しげに見られたはいた記憶がある。
ただ今回はすんなりと、ペコペコと謝られた。
モンスターペアレントじゃなくて本当によかった。モンスターは異世界で間に合ってるし。
少しして先生が、凛乃ちゃんを小脇に抱えて連れ戻してきた。
そして始まる、母親と先生による雷撃のような怒声。お父さんと駐在さんが間に入って、なんとか宥めている。
「それで、あの犬はどうするんだ?」
「お父さん、お願い!」
「お父さん……パパ! お願い!」
さすが姉妹。見事な連携で母と先生の包囲網を突破し、父の足にがっちりしがみつく。
妹が「パパ」と言い換えて、父親の心をガッチリ掴んだ……さて、結果やいかに!
「マスター、楽しそうですね」
「そうだね……わかっ——」
「——何言ってるの! どうせ散歩も世話も、全部お母さん任せになるんでしょうが!」
お父さんの返答を遮るように、お母さんが一喝。三人が並んで怒られ始めた。
駐在さんは「もう大丈夫かな?」と帰宅し、俺は獣医さんに新しいお茶を出して一息つく。
「先生、あの犬たちって何歳くらいだったんですか?」
「生後半年くらいかな。登録もなかったし、狂犬病は打ったけど、二週間後にワクチン打たないとな」
聞けば、この獣医さんは普段は酪農系の動物がメインで、地元民以外では知ってる人も少ないらしい。
「なんで最近来たばかりの、お前がここ知ってんだ」と驚かれたが、それは天使のお導きとは言えなかった。変な宗教に入ってると思われても困る。
「あのー、とりあえず俺が預かっておくって形でどうでしょうか?」
「泥棒!」
姉が反応した瞬間、母と先生の見事な連携によって頭をはたかれていた。
「お兄さん、ぽよちゃんに会いに来ていい?」
「ああ。レオンにもぽよのこと、ちゃんとご両親と相談してからね」
「ぽよ”ちゃん”だからね」
妹の笑顔の圧がすごい。
名前へのこだわり、強っ……!
「あ、ああ、ぽよちゃんね」
預かると言ったけど、もともと犬は飼おうと思ってたし、ちょうどよかった。
明日は犬用のベッドや食器、いろいろ買いに行かないとな。