表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/11

3 迷い

 正式に会社を辞める手続きを進めた。

 有給もいらないしので頼み倒して、早期の退職をなんとか勝ち取った。


 異世界を買ってから、すでに二週間が過ぎている。

 例のスマホ? を再起動したことはアレから一度もないし勇気も出なかった。


 ちなみに気づいたらスマホは姿を消してて、念じると出てくる仕様になってた。こえーよ。


 シロエに言われたことを反芻しながら、引っ越しがいつでもできるように部屋の片づけをしたり、母さんに連絡を取ったり、余った資産の投資の勉強なんかをして、日々を過ごしていた。


『近々、顔を出すから』

『言っておくけど金はないからね!』


 母さんからの返信はいつもながら塩対応。

 金の無心なんてするつもりはないんだけどな。まぁ、既読だけつけておく。


 窓の外に目を移すと、車窓からの風景は雪がまだ残っていた。

 三月も半ばだってのに、ずいぶん北の方まで来たもんだ。

 白く染まった山並みは確かに綺麗だけど、実際に住むとなったらなかなか大変そうだ。


 終の住処とまでは言わないけど、一軒家に広い庭。

 犬を飼って、野菜でも育てて、のんびりとした生活を送りたい。

 そんな思いで、東北地方のとある町に目星をつけた。


 新幹線で県庁所在地まで行き、そこから鈍行に乗り換え。

 さらに2時間弱、のんびりと揺られていく……めっちゃ遠い。


 夕方前には目的の駅に到着。

 駅前でレンタカーを借り、山間の温泉旅館へと向かう。

 ただ、旅館に着く頃にはすっかり夜になっており、しかも雪が残る山道は予想以上にスリリングで、普通に命の危険を感じた。


「ぐぅーっ、雪見風呂、最高……! 俺、生きてるうう!」


 誰もいない大浴場で、足を伸ばして思わず叫んだ。

 いや、叫ばせてくれ。高額当選バンザイ!


 とはいえ、喜びに浸ってばかりもいられない。

 一億円の負債があると思えば頭も痛くなってくる。

 それでも、残り三億はあるんだから贅沢なんだけど、最終的に四億が吹っ飛んでしまうと考えれば憂鬱になる。


「異世界が消えたら、シロエ……お前はどうなるんだ?」


 幼くして亡くなり、天使になった少女。

 地獄から救済され、神様には特典として俺に売られた存在。


「私はあの世界と紐づいています。世界が消えれば、私も消えます」

「うわっ!?」


 湯船に突然現れたヘルメット少女に、声にならない悲鳴が出た。


「いやん、エッチと俺は叫べばいいか?」

「判断はマスターにお任せします」

「冗談はさておき、本当に消滅しちゃうの? 異動とか、別の世界に行くとかじゃなくて?」

「はい。輪廻転生からも外れ、存在そのものが消えます」


 彼女は平然と言うけれど、その言葉の重さは尋常じゃない。

 それを理解したうえで、なお俺に“廃棄”を勧めてくるあたり、やっぱりただの子どもじゃないんだよな。


「シロエ、お前は……それでいいのか?」

「はい。マスターにとって、それが最善と判断します」


 それは俺の最善であって、お前自身の気持ちを聞きたいんだ。


 どこかシロエの言動には、早く楽になりたいという本音が透けて見える気がした。


「話を変えるけど、どうしてあの世界、あんなに荒れてるんだ? 元の管理者は手を打たなかったのか?」

「資金不足が原因です」

「え、でも異世界をいっぱい管理してるって言ってなかった?」

「嘘です。売却済みの世界を除けば、管理していたのはあの一つだけです」


 マジかよ。神様、盛ってただけか……。


「どうしてそこまで落ちぶれたんだよ、神様ともあろうものが」

「色欲ですね。召喚を繰り返し、ハーレムを築いたんです」


 ……ああ、うん。神話でよくあるやつだね。

 やっぱ神様ってそういうもんなのか。


「でも、世界ってそこまでほっといて崩壊するものなのか?」

「神の加護なしでは、維持も困難です。誰の手もかからない状態まで発展させるには手間がかかるのです」


 そうだよなぁ。勝手にうまく育つなら、手放す理由なんてないもんな。


 ——誰か、風呂場に入ってきた音がした。

 シロエの姿は他人には見えないはずだけど、独り言をぶつぶつ言ってる男はさすがにヤバい。

 名残惜しいけど、そろそろ出よう。


 部屋に戻って、冷蔵庫の瓶ビールを開ける。

 窓の外には、雪に染まる静かな夜景。

 少し酔いが回った頃、布団に潜り込むと──シロエが枕元で覗き込んでくる。


 頼む、幽霊みたいな演出はやめてくれ……! 君は天使なんでしょ。


「迷う理由はありません。不利益しかありません。早めの廃棄を推奨します」


 彼女の言葉を無視して、帰るように念じると姿が消える。

 さっきの呼び出し方を応用すれば、こうやって退場もできるらしい。便利すぎて怖い。


 合理的に考えるなら、ここは損切りすべき。

 でも、あの世界の人たちと、シロエを見捨てるのは――なんか、やだな。


 朝。思ったより眠れなかったけど、旅館の健康的な朝食と朝風呂で少し気分が整った。

 約束していた不動産屋と待ち合わせる。


「担当する保坂だす。よろしくお願いするす」


 方言強めのおじさんと握手して、物件巡りが始まる。


 俺の希望は、広い庭つきの平屋。建物の築年数にはこだわらず、水回りさえリフォームできればいい。

 しかし、理想と現実のギャップは大きかった。


 瓦屋根の日本家屋!ってイメージだったんだけど、雪が多い地域のせいか、瓦屋根はそもそもほぼないみたいで、残っていても痛みが酷い。


「最後の物件んだども、五年ぐれぇ前まで人が住んでだがら、状態もそんな悪ぐねぇよ。おすすめだ」


 お、最後に本命を持ってくるテクニックか。できるな保坂さん。


 スーパーまで車で三十分、コンビニも車で十分……とアクセスは微妙だけど、綺麗な小川に、昔の線路の名残、田園風景、雰囲気はバツグン。


 小さな蔵に縁側、庭も手入れされていて、家屋もリフォーム済みらしく痛みは少ない。

 これで五百万円。掘り出し物じゃないか?


 終の住処にするには少しリスクもあるけど、いざとなったらホームに入ればいい。

 それに……もしかしたら結婚とか? いや、ここじゃ出会いなんてまずないし、金目当てで寄ってこられても面倒だし。

 子どもは好きだけど、結婚はまだピンとこないなぁ。


「あの、ここにしようかと思うんですが。リフォーム込みで、いろいろ相談したいので、とりあえずキープでお願いします」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ