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2 向き不向き

 シロエがすっと腕を振り上げると、数値やグラフのホログラムが俺の目の前に滑り込んできた。


 その仕草がなんというか、やたらスタイリッシュでかっこいい。


「こちらが人口動態、そしてこちらが食料自給率の推移です——」


 ——いろいろと解説してくれるけど、正直、頭が追いつかない。右肩下がりなのだけはわかる。

 ゲーム感覚で運営できるのかと思ったけど、想像以上に小難しい設定が多いな。


「数値も大事だけどさ、まずは異世界をこの目で見せてもらうことってできない?」

「承知しました」


 シロエがもう一度腕を振ると、浮かび上がっていたグラフたちがパッと霧のように消え、代わりに光の粒が収束して、ひとつの球体が姿を現した。


 それは簡素なつくりの地球儀のようなもので、表示された大陸もひとつしか存在していなかった。


「この世界基準でいえば、オーストラリア程度の大きさになります」

「え、意外と小さいんだな」

「拡張自体は可能ですが、数億円ではとても足りませんよ」


 そりゃ無理だ。ロマンより現実が重い。


「こう、地図じゃなくて。異世界に直接降り立ったり、地表を歩いたりとかはできないの?」


 俺が思い浮かべてたのは、神様が人間界に降り立って、現地の女の子と逢瀬を繰り返し、最終的に女神の嫁にボコられる——みたいな神話的テンプレ。ってことは、俺も異世界でヒロインゲットのチャンスが!


「ぐふふ……」

「マスター、こちらをご覧ください」


 【下界降臨:1時間/1,000万円】

 【現世召喚:10億円】


 おうふ、桁がぶっ壊れてる。


 でもそれよりも、俺のニヤけ顔を見た瞬間にピンと来て、この料金表を即座に出してきたシロエ……できる子ね。

 嫁を現世に召喚するのに十億とかこれも現実的ではないな。


「下界降臨は物理干渉・交流が可能で観察のみでしたらノーコストで視察できます。ただし、現在の世界を視察するのはおすすめはしません」

「どうして?」

「マスターが後悔をするからです」


 言葉に重みがありすぎる。

 けど、止められて余計に気になるってのが人間の性。


「それでも俺は、まず自分の世界を見ておきたいんだ。頼むよ」

「わかりました。それでは、どの地点に降り立ちますか? 赤い点が魔獣、青が住民です」


 俺が希望すれば基本的には拒否することはないみたいだ。

 球体だった地図がゆっくりと展開し、平面に変わって、各所に点がぽつぽつと現れ始めた。

 住民、少なっ。なんかもう、ひと目で寂れてる感がすごい。


「このへん、人口が多そうだし、ここにしてみようかな」

「それでは、転送を開始します」


 ——身体がふわっと浮く感覚のあと、気づけば俺は瓦礫の山の上に立っていた。

 体は半透明で、隣には変わらずシロエの姿がある。


 視界をゆっくりと巡らせれば、崩壊した町並み、瓦礫の隙間から上がる煙、泣き叫ぶ声。

 路地には骨と皮だけのような人影が倒れ、遠くでは呻き声が風に混じって届く。


 これ、本当に異世界か? 地獄の見間違いじゃないのか?


 吐き気が込み上げる。でも体が実体を持たないせいか、吐くことすらできない。

 心臓はバクバクと脈打ち、鼓膜の内側からドクドクと音がする。

 目に映るものは、血も涙もない現実だ。しかも、匂いまでリアルに届いてくる。


 腐敗した何か、焦げた何か、もう嗅ぎたくもないような臭いが鼻腔をえぐってくる。


 ——もう、立っているのが精一杯だった。


「戻りますか?」


 シロエの声に何も返答できず、ただ何度も頷く。

 再び浮遊感が押し寄せ、気がつけば慣れ親しんだアパートの天井が目に入っていた。

 反射的にトイレに駆け込み、何年ぶりかに胃の中を空っぽにする。


「マスター、心拍数が急上昇しています。大丈夫ですか?」

「あれを見ていられる神様って、一体どうなってんだ……おかしいだろ」

「神という存在そのものが、そもそも常識から逸脱しています。ただ、むしろ異常なのはマスターのほうかもしれません。世界を管理するには、人の生死を受け入れることが前提になります」


 今思えば、完全に覚悟が甘かった。

 ここまでリアルな死があるなんて……。


「でも、だってさ、あれはもう地獄じゃないか」

「いいえ。地獄なら、もっと容赦がありません」


 まるで実際に見たことがあるような口ぶりだ。

 俺の顔を見て疑問へ答えを出してくれる。


「我々、天使と呼ばれる存在は、もともと地獄にいましたから」


 冗談のように聞こえるけど、目の前の少女からはそんな気配がまったくしない。


 まるで何もかも達観している。

 子どものような見た目なのに、そこには感情の揺れがほとんど感じられない。

 彼女の正体こそが異常そのものだと、改めて思い知らされる。


「前世の記憶はありませんので、当時の私がどのような存在だったかは不明です。ただ地獄では、毎日、石を積み上げていました」


 石を積む。それは、子どもが両親よりも早逝したときに三途の川で課せられる業だったはず——。

 ということは、この子は……。


「今からでも遅くはありません。一億円を支払い、この異世界を精算することをおすすめします。私の維持費は年間二百四十万円、さらに異世界税が三百万円。つまり、所有しているだけで年間六百万円近くがかかります」


 維持費、そんなにかかるって聞いてないんですけど!

 それ、完全に赤字じゃん!


「さらに、今年度の収益は減少傾向にあり、年間で四十万円と見込まれています。マスターは、あの神によって廃棄予定の世界を押し付けられたのです」


 俺の三億が……年間マイナス五百万になちゃったよ。


 そんな詐欺まがいの展開、誰が予想できたというんだ。

 いや、俺の考えが甘かっただけか。勢いに任せ過ぎた。


「マスターは良い意味でも悪い意味でも優しすぎます。だから、世界を管理するには向いていません」

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