第22話 諏訪郡・下社参拝
「遅いっ!!!」
秋宮が見えるところまで来たとき、鳥居の陰に立つ紀江が大声を上げた。
「え……? ウソ……なんで?」
「なんで? はこっちのセリフよっ! あんたこそ、なんで先に行くのよ!」
紀江は深玖里の前に仁王立ちになり、睨んでくる。
「あ……だって、ホラ、アタシ……呪符をもう少し作りたくて……」
怖いっ!
この女……まさか、と思っていたのに、本当に深玖里を追ってきたんだ……。
もしかして、男だってバレた……?
「それは翔太に聞いたわよ! だからって、別に昨日じゃなくてもよかったんじゃないの?」
そういわれると、深玖里はなにも言えない。
普通であれば、既に呪符は作り終えているんだから、追加の必要なんてないのだから。
逃げ口上だと思われたのかと、ひやひやする。
「せっかくだから、女同士で符術の話とか、したかったのにさ……」
女同士、ということは、まだバレてない。
心の底からホッとした。
「ごめん」
「それにさ、なによ? 翔太が下諏訪に宿を取るっていってたっていうから、急いで追いかけて来てみたら、あんた、どこにも泊っていなかったじゃあないの!」
「それは、下諏訪まで来ると遅くなっちゃいそうだから、急遽、岡谷で泊まって――」
「も~! 夕べはこの辺りの宿、全部聞いて回ったんだからね! あんた、もしかして私のことが嫌なの?」
「嫌だなんてことはないよ。紀江のほうがアタシのこと、嫌なんじゃないの?」
昨日、深玖里が賢人や守人と話すのを、邪魔しまくっていたのは誰だよ。
「別に。私だってあんたのこと嫌じゃないけど……」
櫻龍会に入りたてで、いきなり賢人の協働になったことは、少し気に食わない、と付け足した。
今のところ、嫌われていないのはありがたいけれど、気に入られてはいない、か。それがやけに気鬱にさせて胸がモヤモヤする。
「紀江はやけに賢人にこだわるけど、賢人のことが好きなの?」
深玖里の問いかけに、紀江は大きな声で笑いだした。
「なにが可笑しいのよ?」
「だって……私が賢人を? 無理無理! 恋愛みたいな『好き』っていうより、四人とも私にとっては兄貴みたいなものよ」
それを聞いて、ちょっとホッとしている自分がいる。
紀江は、子どものころから櫻龍会の世話になっていたといい、賢人たちだけでなく、翔太や縁と家族のように過ごしたそうだ。
だから、みんな好きだけれど、それは家族としての好きや大切さなんだといった。
「いいね。そういう、仲のいい家族」
「私らはみんな、本当の家では、ある意味『不要な子』だったからね」
縁は四男で跡目が継げないと言っていたっけ。
深玖里は……。
長子ではないけれど、跡目については必ずしも長子というわけではなかったから、不要とはされなかった。
「あんたはどうなの? 家ではやっぱり女だと――」
「紀江、賢人たちが着くまで、まだだいぶ時間ありそうだよね?」
話が深玖里の実家に及びそうになり、慌てて紀江の言葉をさえぎった。
「そうねぇ……昨日は朝食を食べてから出るって……確か七時ごろとか言っていたかしら?」
「ねぇ、だったらさ、待っているあいだに大社へお参りに行かない?」
「え~?」
「せっかく諏訪にいるんだし、時間もあるんだからいいじゃない。春宮に参拝に行ってから、秋宮の参拝をしようよ」
気乗りしない様子の紀江の腕を引っ張り、春宮へ続く緩やかな坂を歩いた。
まだ朝も早いというのに、街道は人の往来が多い。
深玖里と同じように、参拝を目的とした人もいて、春宮の参道へ入っていく姿がみえた。
「私、あんまりこういう場所って来ないのよね。縁はあちこちに詣でてるけど」
「興味ないの?」
「だって、なんだか他力本願みたいじゃない?」
「ふうん……アタシは割と寄るかも。神さま任せってことじゃあなくて、決意表明をする、みたいな」
「頑張って強くなります、ってこと?」
「そう。そんな感じ」
「なるほどね……そういうのなら、私もしようかな」
二人で鳥居をくぐり、ほかの人たちのあとに続いて参拝をした。
来ないと言っていたのに、紀江はちゃんと参拝の作法を知っている。
「木は多いし、やけに清々しいわねぇ」
「来てみると、意外といいでしょ?」
「そうね」
参拝を終えて、ひとしきり境内を眺め歩いてから、今度は秋宮へと戻った。
「ねえ、あんた……深玖里はどこの出身なの?」
「アタシは武蔵国だけど、なんで?」
「武蔵国のどこよ?」
「秩父郡だけど……」
「だったらさ、光葉のこと、知らない?」
翔太や縁だけでなく、紀江まで光葉を気にしているみたいだ。
「縁にも聞かれたことがあるんだよね。地元だから名前は知ってるけど、ほかは知らないよ。なにか気になることでもあるの?」
「だって光葉、全然情報が出てこないのよ? そんな家、私が知る限りでは、聞いたことがないもの」
「……ふうん。紀江は? 紀江はどこの出身なの?」
「私は近江国なのよ。犬上郡ってわかる?」
「アタシ、そんなに西のほう、まだ行ったことがないんだ」
「そうなの? 五年も旅をしていたんでしょ?」
「うん。でも、あまり遠くまで行っている余裕がなかったんだよ」
いつの間にか、秋宮の鳥居まできていた。
紀江は足を止め、深玖里を見つめてきた。
「……お姉さんのこと、聞いた」
翔太か。
いや、優人かもしれない。
「私、なにも知らなくて……助けられなくて、ごめん」
「そのことは、もういいんだ。だいいち、紀江はその場にいなかったでしょ? 謝らないでよ」
「でも……」
「それより、早くお参りしちゃおうよ。もたもたしてたら、賢人たちが来ちゃう」
深玖里は紀江の手を引き、お辞儀をしてから鳥居をくぐった。




