第20話 信濃国・紀江の符術
宮ノ越、奈良井では、紀江が率先して請負所へ状況を聞きに行ってくれた。
依頼はポツポツ出ていたらしいけれど、畑を荒らす狐や狸の案件だけだったという。
「一応ね、この辺りで活動している賞金稼ぎがいるみたいよ。だから依頼が少ないのね」
「へぇ、あちこち回らずに、ここを拠点にしているのか」
「動いてはいるみたい。でも、奈良井川と木曽川沿いだけだって」
深玖里のような根無し草ではなくて、拠点を置いている賞金稼ぎはほかの地方でも、よく出会う。
自分が暮らしている地域を守ろうとしているんだと思う。
深玖里だって、なにも事情がなければ、武蔵国だけを巡っていただろう。
「さすがに妖獣になってくると、ウチへ依頼を出してくるけど、普段はその人たちに任せているようね」
「そうなると、オレたちが余計な手を出さないほうがいいな」
そのまま平沢まで進み、街道沿いの茶屋で昼飯を食べた。
そのあいだも、紀江はずっと賢人に寄り添いっぱなしだ。
少しでも深玖里が賢人と話そうものなら、すかさず割って入ってくる。
特に賢人に用事があるワケじゃあないからいいけれど、と思って守人と話を始めると、そっちにも割り込んでくる。
要するに紀江は、深玖里の存在が気に入らないのか。
突然、風呂にまで押しかけてきたくせに……。
深玖里が男だとわかったら、あんなふうに寄り添ってくれるんだろうか?
不意にそんな考えが頭をよぎり、自分らしくない感情に驚いた。
振り払うように、八つ当たりで翔太の尻を蹴ってやる。
「いっ……て……! ちょっと深玖里ちゃん! いきなりなにするんだよ~」
「別に! なんでもないよ!」
日が傾きかけ、筑摩郡日出塩の辺りまできたところで、山からおりてきた猿の群れが襲ってきた。
深玖里は書き上げたばかりの呪符を手に、すぐに結界を張った。
ちょうど前後に人はいなくて、結界内に閉じ込めてしまった人もいない。
「賢人っ! アタシが符術を――」
カバンに入れた手を、紀江につかまれた。
「紀江……! 邪魔しないで!」
「いいから。ここは私と守人に任せてよ」
ウインクをしてみせた紀江は、手甲をはめた拳を合わせると、呪符を出して符術を放った。
「崩山破海!」
投げた呪符を拳で叩くと、紀江はそのまま襲いかかってくる猿を、次々に殴りつけていった。
その力は凄まじく、一撃で猿たちを倒している。
守人のほうも、手にしている武器は、やっぱり賢人たちと同じ形状で、刃の部分は十文字だ。
繰り出す攻撃も風を巻き、周辺の木々の枝を落としている。
「潰岩裂空!」
今度は放った呪符を、足で蹴りぬき、飛びかかる猿を蹴り上げている。
深玖里は紀江の呪符の使いかたに目を見張った。
深玖里も翔太も縁も、符術で直接、獣や妖獣を攻撃するけれど、紀江の符術は自身の力や速さを増幅させるようだ。
深玖里や縁のように武器を持つのではなく、武器はその身ということか。
五十頭ほどいた猿たちを、二人はあっという間に退治してしまった。
紀江の表情は得意げで、深玖里をみて「どう?」と聞いてくる。
「ん、なんか……凄かった」
素直に感じたままを答えると、紀江は意外そうな顔をみせたあと、また賢人の腕を取っている。
「そうでしょ? 守人のほうが先に帰ったら、賢人の協働を譲ってくれていいのよ?」
「それは別の話でしょ! アタシだって十分に働けるんだから! ね? 賢人!」
紀江の腕を引きはがし、賢人を後ろ手に庇うようにして訴えると、巻き込まれた賢人は困った顔をしつつも、うなずいてくれた。
「あんた、賢人を困らせているんじゃあないわよ」
「困らせてるのは紀江のほうだろう?」
「紀江、いい加減にしておけ。二人に無理なことばかり言うんじゃない」
どうあっても、深玖里に絡んで来ようとする紀江を、優人と守人が窘めている。
それが余計に紀江のライバル心に火をつけたようで、紀江は賢人につきっ切りだ。
揉めるつもりはないけれど、どうにも面白くない。
「深玖里、本当にすまないな」
守人は最初に会ったときから、申し訳なさそうにしている。
「いいよ、別に。守人が悪いワケじゃあないんだから。紀江も悪いヤツじゃあなさそうだしね」
「そう言ってくれると助かる」
「それにしても、凄いね、紀江の符術」
「そうなんだよ。ほかの符術師たちとは少し違うけれど、オレはかなり助けられているよ」
前を行く紀江の背中を眺める守人の目は優しい。
縁を見る駿人を思い出した。
きっと、あの二人のように、守人と紀江も信頼し合っているんだろうな、と感じた。
女の符術師が少ない中、紀江は自分の居場所を確保するのに必死なんだという。
守人が黒狼を倒したあと、残される紀江が肩身の狭い思いをするんじゃあないかと、心配らしい。
「それは、なんとなくわかるよ。女の符術師は、本当に少ないからね」
「けど、深玖里は本当は男なんだろ?」
「――知ってたの?」
「優人と賢人から聞いた。紀江はまだ知らないけどな」
「まっ……まだ言わないで! 今、言われるとすっごく困るのよ!」
声をひそめて訴えると、守人は笑いながらうなずいた。
守人の笑い声を聞いて、また紀江が飛んできて割り込む。
それにしても、紀江のさっきの動きは本当に凄かった。
繰り出すパンチも蹴りも、流れるような動きだった。
符術で力を上げたからといって、できる動きじゃあない。
(今、男だとバレたら、あんなふうに殴られるかもしれない……)
そう思い、一人ゾッと身を震わせた。




