第19話 信濃国・茶髪の男
深玖里は眩しさで目を覚ました。
もう日が昇っていて、道行く人々の話し声が届く。
早い時間に眠りについたからか、スッキリと目覚め、朝食もすべて平らげた。
身支度を整えてみなと屋を出ると、翔太たちの泊まった宿の近くにある橋へと歩いた。
橋の上では、もうみんなが待っている。
駆け寄ろうとして、人数が多いことに気づいた。
「紀江……と……あれは……!」
走って近寄ると、紀江の隣の男がこちらを向いた。
髪だけじゃあなく、肌も日に焼けたように茶色い。
あれが、守人か。
(駿人の言っていた茶色って……ホントに茶色だったな)
「おはよう。ごめん、待たせちゃった?」
「いや、おれたちも今、来たところだ」
「そっか」
「深玖里、駿人から聞いていると思うが、こいつが守人だよ。守人、紀江、こっちが深玖里だ」
優人が守人の腕を取り、深玖里の目の前に引き寄せた。
チラリと深玖里に視線を向けた守人は、目が合うとすぐに視線を外した。
こんな仕草は、賢人に似ている。
「昨日は、ちょっと目を離しているあいだに、紀江がやらかしたみたいで……本当にごめんな」
第一声は、それだった。
声と話しかたは、駿人に近い気がする。
「正直、すごく腹が立ったけど、もう済んだことだし、気にしないで」
「そういって貰えるとありがたい。駄目にした札紙は――」
「私のを使ってよ。一番いいヤツではないけど、三番目くらいにはいいものだから」
「いらないよ」
「なんでよ? 私が邪魔をしたんだから、遠慮しないでよ」
守人の後ろから、紀江が札紙の束を差し出してきた。
予備にずっと持ち歩いていたんだろう。
「遠慮じゃあなくて、本当にいらないよ。これは……紀江の手がついているから、アタシにはたぶん使えない」
「でも、ここに来る前に買ったばかりよ?」
「それでも、自分で選んで買ったものでしょ? 呪符になっていて、それを借りるんなら使えるけど、自分の呪符にするのは無理だよ」
ほかの符術師たちのことは知らないけれど、深玖里は昔からそうだった。
人の選んだ札紙で呪符を作っても、うまく術が使えなかったり、弱かったりする。
兄や弟の買ってきた札紙でさえ、自分の呪符にすると弱くなった。
「気持ちだけ貰っておくよ。それに、札紙は今度、翔太が買ってくれるっていうしね」
「そう? じゃあ仕方ないわね……」
本当に深玖里に札紙をくれるつもりだったらしい。
嫌な女かと思ったけれど、意外に優しいんだろうか。
「よし、それじゃあ、もう行くぞ。今日は朝がゆっくりだったから、塩尻で宿を取ろう」
優人が仕切って、五人が歩きだした。
「え? ここからは、守人たちも一緒に行くの?」
「そうよ。行き先は本部で同じなんだし、当然でしょ?」
紀江と守人が来るとなると、家に寄るという話もだいぶ変わってくる。
それに――。
家に帰るときには、服装も話しかたも変えるワケで……。
昨日の風呂のこともあるから、一緒にいるときに、男だとバレるのはまずいに決まっている。
「紀江、なにを言っているんだよ。オレたちは優人たちと一緒には行かないぞ?」
「えっ! なんでよ!?」
「優人たちは寄るところがあるんだってよ。だから一緒なのは、下諏訪までだな」
「じゃあ、私たちも一緒に――」
「駄目だよ。オレたちはこのまま中山道で帰る」
「やだぁ! 中山道って峠が多いじゃない! 碓氷とかキツイわよ?」
紀江は大声で文句を言いながら、賢人の腕を取って寄り添っている。
「せっかく賢人と久しぶりに会ったのよ? 明日でまた別行動になるなんてつまんないじゃないの」
「そういう問題じゃあないだろう?」
「私、守人が戻ったら、賢人の協働になるつもりだったのよ? 女は協働にしないって言ってたくせに、酷いじゃない」
べったり張りつく紀江を気にしながら、賢人が振り返った。
ここで賢人に変なことを言われたくなくて、深玖里は唇に人差し指をあてて首を横に振った。
察してくれたのか、うなずいたのをみて、ホッとした。
優人も翔太も、紀江が勘違いをしていることに気づいているようだけれど、あえて深玖里のことを話さないでくれていて、助かる。
騙そうと思っているワケではなく、いずれバレることだけど、今は駄目だ。
それにしても、紀江は賢人にベタベタしすぎじゃあないだろうか?
守人とも、あんな感じで過ごしている?
「女版、翔太じゃん……」
前を行く二人を見ながらつぶやくと、いつの間にか隣にきていた翔太が不満げな声を出した。
「俺はあんなにくっつかないでしょ」
「まあね。あんなにくっついてはいないけどさ、アンタ、すぐ手を握ってくるじゃない」
「んん……それは否定できないけどさぁ……」
「っていうか、翔太、紀江のことは口説かないんだ?」
「紀江はねぇ……そういう感じじゃあないんだよな。子どものころから一緒だったからねぇ」
「へぇ……あっ、あとさ、紀江にアタシのこと、言わないでいてくれて、ありがとうね」
「ああ……それね。どうしようかと思ったんだけど、きっと深玖里ちゃん、自分で言いたいだろうと思って」
最初の印象はあまり良くなかったけれど、一緒にいるうちに、気遣いのできるいいヤツだと感じるようになった。
深玖里が男だとわかって、ガッカリしていたようだけれど、だからといって態度を変えることもない。
「そうだ、縁から連絡があったんだよ。登録、無事に手続きができたって」
「ホント? それは助かる」
「でも、一つ確認したいことがあるって」
「確認したいこと? なんだろう……」
「性別がね、今、女になっているんだってさ」
「え? そうなの?」
「そうなの? って……自分で登録したんでしょ?」
「ううん。登録は、当時、一緒にいた叔父さんがしてくれたの」
「ふうん……なんで女にしたんだろうねぇ……」
翔太のいう通りだ、と思った。
けれどこれは、実際に叔父に聞いてみないことにはわからない。
いつになったら消息がつかめるのだろう。




