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獣奇抄録 ~神炎の符と雪原の牙~  作者: 釜瑪秋摩
若山 深玖里 其の二
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第17話 信濃国・木曽の福島

 福島(ふくしま)に着いたときには、すっかり陽が落ちていた。


「それじゃあ、アタシはいつも使っている『みなと屋』に行くね。アンタたちはどこに取る?」


「俺たちは、橋の手前にある『柏屋(かしわや)』に泊まるよ」


「わかった。なにかあったら、連絡いれるね。七日間、ちょっと長いけど……」


「こっちも翔太(しょうた)が同じ時間をかけるんだから、気にするな」


「うん、ありがとう。それじゃあ、またね」


 分かれ道で三人と別れ、深玖里(みくり)木曽川(きそがわ)沿いにある、みなと屋に入った。

 ここを通るときには、必ずといっていいほど、みなと屋に泊まる。

 入ると、女将さんが覚えていてくれて、すぐに部屋へ通してくれた。


「ずいぶんと久しぶりですねぇ。ちょうど、いつもの部屋が空いているんですよ」


 宿の二階の一番奥にある部屋だ。

 この部屋は、すぐ隣に外階段があり、混浴の露天風呂へ続いている。

 混浴だから、使う人も少なくて、深玖里には好都合の場所だ。


「ありがとう。ここが一番落ち着くから、本当に助かります」


 お礼をいって、食事は断り、すぐに布団を敷いてもらった。

 そのあいだに、風呂へ行くと、やっぱり誰もいない。


「やったね……今回も水垢離(みずごり)は余裕でできそうだ」


 のんびり湯に浸かり、体を洗って風呂から上がると、深玖里はそのまま眠りについた。

 翌朝は、日が昇る前に起きだし、露天風呂へ行って水垢離をし、陽が落ちるとすぐに寝る。

 四日間、そうして過ごし、五日目に集中して呪符(じゅふ)を書き始めた。


 書き始めると、集中しすぎて周りがみえなくなる。

 灯りをつけっぱなしにしているから、夜になっても気づかないことがしばしばだ。

 うるさいくらいの川の水音も、まったく気にならない。


 延々と書き続け、次の札紙(ふだがみ)を取ろうと伸ばした手に、なにも触れないことに気づいた。


「あ……さっきのが最後か……」


 高い札紙も、普通の札紙も、いつの間にか使いきっていた。

 外は薄暗く、夜なのか朝なのかわからない。

 窓を開けて空をみると、薄っすら明るくなってきている。


「朝だな」


 部屋中に広げてある呪符をそのままに、一度、水を浴びて目をしっかりと覚ました。

 部屋に戻って身支度を整えると、呪符をまとめて机に置いた。


 ロウソクを焚き、呪符を人差し指と中指でしっかりと押さえ、符術(ふじゅつ)を唱える。

 指先にほんのりと熱を感じはじめたとき、部屋の外が賑やかしいことに気づいた。

 指に伝わる熱が、スッと冷えた気がしてきて、深玖里は集中して符術を唱え続けた。


 ザワザワとした人の声と、なにか言い争っている声が、嫌でも耳に入ってくる。

 あと少し、あと少しで符術を唱え終わり、呪符が完成する……。


 スパーンと音を立ててふすまが開き、ドカドカと部屋に入ってくる足音がする。


賢人(けんと)協働(きょうどう)になった女はどこ!」


紀江(きえ)! 駄目だって! 今、呪符を作っているはずなんだから!」


 女の声と……押し殺したように低くつぶやく声は……翔太だ。

 部屋を仕切ってある障子までも開かれた。


「あんた! あんたが賢人の協働になったっていう女ね!」


「紀江! いい加減にしろって!」


 深玖里の背後で二人がもみ合っているのを感じる。

 ほかの泊り客も、なにごとかと言いながら集まってきているようだ。

 呪符を押さえる指が、フルフルと震える。


「ちょっと、あんた! こっち向きなさいってば!」


「~~~っ! うるさぁーーーーーいっ!!!!!」


 たまらず怒鳴ってしまった。

 指先から煙が立ち上り、ポッと呪符に火が付き、すべてが一瞬で灰になった。


「あーーーーーっ!!! 呪符が……アタシの呪符がっ!!!」


 深玖里は頭を抱えて悲鳴を上げた。


「あら、本当に呪符を作っていたんだ? でも、失敗してるじゃないの」


 翔太が『紀江』と呼んだ女が、フフッと笑う。

 誰のせいだと思っているんだ。


「あの……深玖里ちゃん? ごめん、本っ当にごめん! すぐ、連れて帰る……」


「翔太ぁ……今さら連れて帰ったところで、札紙は戻らないよっ!」


 深玖里はカバンを引っつかむと、宿を飛び出した。

 街道を駆け、紙問屋へと向かう。

 ちょうど店を開けたばかりの入り口へ駆け込み「札紙をください!」と叫ぶ。

 数種類の札紙を出した手代さんに、一番いい紙を頼んだ。


「あい、すみません……今、一番いい札紙は切らしていまして……」


「ええっ! んん……それじゃあ、今、ある中で一番いい――」


「この、普通のものしか……」


「う……ぐ……それじゃあ、それをください……」


 仕方なしに、いつもと変わらない札紙を大量に買った。

 宿までの道のりが、やけに遠く感じる。


 みなと屋の前まで来ると、翔太が所在なさげに立っていた。

 あの女のほうは帰ったのか、姿がない。


「深玖里ちゃん! あ……札紙……」


「普通の札紙しかなかった……」


 翔太は両手を合わせ、低く低く頭をさげた。


「ごめん! こんなことになるとは……本当にごめん!」


「あの女、誰?」


「あれは……紀江っていって、守人(もりと)の協働なんだよ」


 賢人たちの兄弟の協働が、アレか。

 ということは、櫻龍会(おうりゅうかい)だということだ。


「ホントにどうなってんの! 櫻龍会! おかしいヤツしかいないワケ!?」


「や……そんなことは……たださ、ずっと協働を持たなかった賢人が、協働を作ったって聞いたらしくて……はじけちゃって……」


「コッチはおかげで、一番いい札紙が台無しだよっ! 初めて買ったのに!!!」


「こっ……今度、俺、買って返すから」


「全部書き直しだし……賢人たちに、あと三日待ってもらってよね!」


 翔太の胸ぐらをつかんでグラグラ揺すり、そのまま突き飛ばした。


「うん、ちゃんと待っているから」


「それから……()()()……三日間、()()()! みなと屋に来るんじゃねえぞ!」


 捨て台詞を吐き、部屋へ戻った。

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