第14話 美濃国・落合宿
朝は日が昇る前に起き、夕べのうちに宿の人に頼んでおいた弁当を受けとり、落合へと向かう。
土岐川に沿うようにのびる街道は、平野部の拓けた田畑の中を通っている。
両脇にずっと続く山の上に、鳶が飛んでいるのがみえた。
のどかな景色を眺めつつ、時折、農夫たちに話を聞いた。
少し前までは、畑を荒らされたり、人が怪我を負わされることがあったけれど、今はなにもないという。
「掛川で倒した山犬たち、この辺からも来ていたのかもしれないねぇ……」
翔太はそういうけれど、もしも山犬たちが目指しているのが畿内なら、それこそ、この土岐川を下って尾張国に入るほうが、早いんじゃあないか、と思う。
なんにせよ、この辺りの人に害なす獣は、どこかへ移動していったことには間違いないようだ。
「このままだと、特になにもないまま、落合まで行かれそうだな」
「ああ。さっき立ち寄った請負所も暇そうにしていたしな」
優人は途中で依頼をこなしながら、と考えてルートを決めたという。
なにもなければ、早く着けそうだ。
「どうする? その先まで行くか?」
「でもさ、落合より先って言ったら、山でしょ? 馬籠に着く前に夜になるのはイヤだよ」
「俺も。馬籠峠もあるし、その前にちゃんと休んでおきたい」
「そうか。それじゃあ、予定通りに落合で休もう」
途中、川沿いでお昼の弁当を食べ、ひたすら歩く。
落合に着いたときは、まだ夕方の早い時間に宿に入れた。
ゆっくり風呂に浸かり、夕飯を食べながら雑談を交わしていて、ふと思い出した。
すぐにでも聞きたかったけれど、場合によっては話が長引くと思い、食べ終わるのを待ってから、思い切って聞いてみる。
「あのね、ずっと気になっていたことがあるんだけど」
「気になっていたこと?」
「うん。こんな聞きかた、おかしいかもしれないけど……アンタたち……賢人と優人って、何者?」
三人は箸を置き、黙ったまま深玖里を見つめている。
廊下や窓の外から、仲居さんたちが新たなお客さんの案内をしている、賑やかな声が響いてきた。
深玖里たちの部屋の前を通り過ぎ、静かになる。
「……話したくない、っていうなら無理に聞き出そうとは思わないけど、これからも賢人やアンタたちと一緒にいるワケだし、ちゃんと知っておきたいんだけど」
黙ったままでいる二人を、翔太もチラチラとみている。
「それとも、アタシがまだちゃんと櫻龍会に入っていないから話せない?」
「いや、それは関係ない」
「深玖里は黒狼の話……どこまで知っている?」
ようやく賢人が口を開くと、優人もそれに続いた。
黒狼のことは、深玖里は良く知らない。
掛川で火狩に聞いたくらいだ。
「そうか……」
もう二百年以上、前の話だという。
和国には、多くの獣師がいたけれど、あるとき突然現れた黒狼の兇に、獣師とその眷属が次々に倒されてしまった。
兇の望みは、妖獣が自由に暮らす国を作ること。
兇は言葉巧みに妖獣たちを取り込んでいき、全国に勢力を伸ばしていった。
それを阻んだのは、羽後の獣師『雪』とその眷属だった白狐の『白影』だ。
人と交わらず、争うことも望まない多くの主たちも雪に力をかした。
「主って……本所の古獅子や品川の古龍みたいな?」
「ああ。羽後や羽前、陸中やほかの地域にも……多くの主たちは味方になってくれた」
雪が育てた四人の子どもが青年になったとき、兇と対峙してついには倒した。
ただ、そのときに兇は最後の力を振り絞り、その牙で黒狼を四頭、生み出した。
四頭の黒狼たちは雪たちの手を逃れ、その姿を隠した。
雪と白影は、黒狼を探すべく櫻龍会を立ち上げ、あちこちの地を巡り、そのあいだに、呪符を使った符術を編み出し、それを仲間たちへ広めていった。
「符術って、もっと古くからあったのかと思ってた。そんなに遠くないころに作られたんだ?」
「古くはないといっても、元々あった呪術をもとにしているからな。浅くはないだろう?」
「なるほどね。今、名の通った符術の家は、そのころから続くんだ? 翔太や縁の家も」
「そういうことだな。彼らはずっと、俺たちを助けてくれている」
僅かに残った獣師たちと協力し合い、全国をくまなく探しても、黒狼たちは見つからない。
やがて雪は寿命を迎えたけれど、その遺志はずっと引き継がれて今に至る。
櫻龍会の統領が三代目になったとき、全国に請負所を作り、獣や妖獣を倒す依頼を請け負うようになった。
それも、黒狼の情報を集める目的があってのことだ。
四代目のころには、強い符術師を育てるために、符術の研究もしていたという。
「今の櫻龍会の統領は、五代目になる。俺たちとともにずっと黒狼を探し続けてくれているんだ」
「おれたちに協働をつけてくれたのは三代目だけれど、そのころに比べて、彼らはとても強くなっている」
これまで手がかりもなく、探しても見つからなかった黒狼が、ここへ来て唐突に現れた。
それが、駿河で対峙した『厭』だという。
「二百年以上も、ずっと見つからなかったのに、急に?」
「ああ。俺たちもさすがに驚いたよ」
「しかもヤツは徒党を組んで、人まで巻き込んでいたからな」
「でも、それが駿人が消えたことと、どう関係があるの? 駿人が消えたあと、牙が残ったけど、あれはなんなの?」
「それは……俺たちが……」
優人が言い淀むと、賢人が深玖里の目をしっかりと見つめ、ゆっくりとした口調で話し始めた。
「深玖里、おれたちは人じゃあないんだ」




