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獣奇抄録 ~神炎の符と雪原の牙~  作者: 釜瑪秋摩
若山 深玖里 其の二
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第11話 三河国・赤坂

 翌朝、早々に請負所で清算をしてもらった。

 妖獣(ようじゅう)とはいえ、まだ大きな被害が出ていなかったからか、そう高くはなかった。

 それでも、数がいたこともあり、一人当たり百を超えた額になった。


「とりあえず懐は温かくなったけど……もうちょっと稼ぎたかったな……」


「そう焦らなくても、先へ行けばまた依頼が出ているだろ?」


「俺もそう思う」


「だといいんだけど。アタシ、岡崎(おかざき)札紙(ふだがみ)を買いたいんだよね」


「岡崎で? そうしたら、岡崎で呪符(じゅふ)作るの?」


 翔太(しょうた)も同じタイミングで作るようだ。

 どうしても数日かかるから、同じ日程で作れば、足止めされる日数が少なくて済むから、という。


「そっか……優人(ゆうと)、岡崎から先はどうするの? 尾張国(おわりのくに)まで行くの?」


「いや、岡崎からは、加茂郡(かもぐん)を北に向かって、そのまま美濃国(みののくに)に入る」


 美濃国では、土岐郡(ときぐん)恵那郡(えなぐん)を通って信濃国(しなののくに)へ入るという。


「恵那郡から信濃国ってコトは、木曽川(きそがわ)に沿っていく?」


「そうだな。行ったことがあるか?」


「うん。そうしたらさ、アタシ、福島(ふくしま)で呪符を作ることにする」


木曽(きそ)の福島? 結構遠いよ? 俺、呪符、足りるかなぁ……」


 翔太は不安そうにカバンを探りながら、足りるか足りないかと、ブツブツ独り言をいっている。


「大丈夫だよ。最悪、結界を張れるぶんだけ残っていればさ」


「確かに、今は四人だ。翔太と深玖里には最低限の符術を使ってもらえれば、あとは、おれと優人が対処できる」


「そう? みんながいいなら、それでいいけど……」


 翔太が不安そうなのは、群れに遭遇するだけじゃあなく、妖獣が……また黒狼(こくろう)が出たときのことを考えているからだろう。

 深玖里自身も、あんなのがでたら、手持ちの呪符じゃあ足りなくなるのはわかっている。


 ただ、今度はどうしてもきちんと呪符を作りたい。

 それには七日間は必要だ。

 知らない宿よりは、知った宿で落ち着いて作りたい。


「ごめんね、翔太。良く使う宿がそこにあってさ、時間を取ってじっくり作りたいんだ」


「いいよ。俺もそのぶん、時間が作れるしね」


 先ずは岡崎を目指して進む。

 浜名湖(はまなこ)に沿って三ケ日(みっかび)の山を越える。


「この辺りは猿も多いみたいだね。さっきは鹿もいたよ」


「山をおりる気はないようだな。このままここで、静かに暮らしてくれていればいいな」


 時折、木々の上から遠巻きに深玖里たちをみている。

 襲いかかってくるような嫌な気配はないし、山に入る手前の請負所でも、特に依頼は出ていなかった。


 普段はこんなふうに、獣たちも穏やかに過ごしているのに。

 飯能(はんのう)長船山(おさふねやま)も、駿河(するが)でも、なぜあんなにも人に危害を加えてくる獣が増えたんだろう。

 櫻龍会(おうりゅうかい)で追っている黒狼のせいならば、一刻も早く倒したい。


 山を抜けて平地を進み、しばらくすると稲荷社がみえてきた。

 参道は賑やかで、ここで少し遅い昼食をとることにした。


 カタカタとカバンの中で音がして、手を突っ込むと木彫りの人形が震えている。

 店に入る前に、深玖里は人形を出して縁炎えんえんたちを呼び出した。


「なに? どうかしたの?」


「深玖里、私たち、(やしろ)(ぬし)さまに、ご挨拶に行ってきたいの」


「あぁ……そっか、稲荷社だもんね」


 夢孤(むこ)櫂風(かいふう)も、ここはさすがに素通りできないという。

 それならば、と、すぐ近くのお店でお供えものを買い、縁炎と夢孤、櫂風にそれぞれ背負わせた。


「アタシもいったほうがいいかな? ここの主には会ったことはないけど」


「ううん。今日は私たちだけで大丈夫」


「わかった。いいよ。行ってきて。岡崎で追いついてくれればいいからね」


「はぁい!」


 三頭とも浮足立って参道の向こうへ消えた。

 そういえば、銀子(ぎんこ)茂助(もすけ)がこの辺りは稲荷社があるから(けもの)が避けて通っているといっていた。

 山犬たちが避けるほどの力があるんだろうか?


「ちょっと会ってみたかったかも……」


 縁があれば、いつか会えるだろう。

 賢人(けんと)たちと食事を済ませ、縁炎たちを残してまた先へと進む。


 日が落ち始めたころに、赤坂(あかさか)までたどり着いた。

 ここでも請負所で周辺の様子を聞いてみると、やっぱり大きな依頼は出ていない。

 畑を荒らす狸が出るらしいけれど、ほかの誰かが請け負ったようだ。


「少し早いが、今日はここで宿を取ろう」


「この時間からなら、かなりゆっくりできるね」


武蔵国(むさしのくに)からずっと、群れを相手にすることが多くて、ろくに休めなかっただろう?」


「賢人なんか、どうせ俺たちと別れてから、ちゃんと宿に泊まってないんだろ?」


 優人と翔太に問われ、賢人は言葉に詰まっている。


「え? アンタまさか、ずっと野宿してたの? それじゃあ疲れなんて取れないでしょ?」


「ずっと……なワケないだろう。おれだって時々は宿に泊まっている」


 時々は宿に泊まるといった賢人の言葉に、深玖里はびっくりした。

 深玖里は、時々は野宿もするけれど、基本は宿に泊まる。

 賢人はその逆なのか。


「バカじゃないの? そんなだらしなくしてるから、チンピラに絡まれるのよ!」


「そっ……それは関係ないだろう?」


「あるわよ! 大ありでしょ! 宿でちゃんと身なりも整えていれば、そんなに簡単に絡まれたりしないんだから!」


 賢人のことは『変わったヤツ』だと思っていたけれど、ここまでとは思わなかった。


「チョット! どうなってんのよ? 櫻龍会は! まさか、翔太たちも――」


「俺も優人も、いつもちゃんと宿に泊まってるよ。よほどのコトがなければ、野宿なんて――」


「おれは一人なんだし、野宿だって特に問題はないよ……」


「アタシはイヤだからね! これからはちゃんと、宿に泊まるよ! お風呂だってちゃんと入ってよね!」


 これから賢人と旅を続けていくには、深玖里がしっかりしなければ、と強く感じた。

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