第9話 遠江国・古戦場の山犬
すっかり陽が落ちて、人の往来もなくなったのか、辺りは静まりかえっている。
仕度を終えた深玖里は、翔太たちが先に部屋を出てから、銀子を呼び出した。
「深玖里さま、いかがなされましたかぁ?」
両膝をついて頭をさげた銀子も、茂助のように妙にかしこまっている。
「銀子……アンタもそんなにかしこまらなくていいって」
「はぁ……でもぉ……」
「いいから。茂助にも言ったけど、深玖里でいいよ」
銀子には、古戦場で山犬の群れを退治するから、気賀に着くのは明日の朝以降になると、茂助に伝えに行ってくれるよう頼んだ。
「古戦場、山犬がたくさんいるみたいだから、抜けるときは気をつけていくんだよ?」
「はいー。茂助とは、気賀でそのまま待っていればよいのですか?」
「うん。待っているあいだに余裕があれば、三河国の岡崎辺りまでの情報を集めてくれるとありがたいかな」
「はぁい」
出ていく銀子を見送り、急いで宿の外へ出た。
「ごめん、お待たせ」
「じゃあ、行こう。手順は昼に話した通り、結界を張ったあと二手に別れる」
「わかった」
今夜は月が出ていなく、辺りは真っ暗だ。
リリリと鈴虫の鳴き声が響いていたのが、一斉に止まった。
「封禁獣域……急急如律令!」
「禁・縛・呪・結! 結界!」
翔太が張った結界の内側に、深玖里も呪符を投げて結界を巡らせた。
辺りのススキがザワザワと揺れている。
時折、吹き抜けていく強い風が揺らすのか、それとも山犬たちが移動をしているのか……?
優人と翔太が左側へ向かい、賢人と二人で右側へと向かう。
微かに聞こえてくる息遣いは、犬のそれだ。
深玖里たちが進むほうへ、息遣いも追いかけてくる。
「賢人……周りを囲まれてるよ」
「ああ。深玖里、もう優人たちともだいぶ離れたと思うけど……風の攻撃には気をつけるんだぞ?」
「わかってる。こっちは大丈夫だから、アンタは気にせず戦って」
ススキをかき分けて進んでいくと、拓けた場所へ出た。
途端に犬たちが飛びかかってくる。
賢人がすかさず一撃を放ち、十数頭が倒れた。
その隙に、深玖里は呪符を取り出して符術を唱える。
「禁・近・縛・固!」
金縛りで山犬たちの足を止め、太刀を抜きざまに振りぬいて叫んだ。
「烈・風・刃!」
勢いのままに飛びかかってきた山犬たちを裂いて倒した。
続けて呪符を出し、深玖里の攻撃を逃れたヤツらに向けて放つ。
「禁・縛・雷・撃」
雷撃を放った瞬間、もの凄い轟音が響き渡り、辺りが眩しい光に包まれた。
きっと翔太も雷撃の符術を使ったんだろう。
あちこちで山犬の唸り声や鳴き声が聞こえていて、まだ相当数が残っているんだとわかる。
カバンから呪符を出し、次々と投げては符術を唱える。
数頭ずつではあるけれど、確実に数を減らしていった。
次の攻撃を繰り出そうと、カバンを探る手で、呪符がだいぶ減っていると気づいた。
新しい呪符を作るまで、切らすワケにはいかない。
深玖里に向かって来ようとする山犬たちに金縛りをかけると、飛び退って呼吸を整え、改めて太刀を抜いた。
灯りのない闇の中でも銀色の刀身がハッキリとわかる。
このところ、立て続けに依頼をこなしていて、すっかり忘れていた。
この『妖鏡』が、ただの太刀ではないことを。
集中して呼吸を整えながら、柄を握る手に力を込めた。
銀の刀身が金色に変わっていく。
このところ、駿人や賢人の戦い方に引きずられ過ぎていた。
余計な技を使わなくても、『妖鏡』一刀で十分な力があるというのに。
最大限に集中力が高まったところで、深玖里は群れの中へ飛び込んでいった。
唸り声をあげて飛びかかってくる山犬たちを、次々に斬り伏せていく。
今、深玖里の前にいるのは、ただの獣のようだ。
(妖獣はどこだ……? 絶対にいるはずなのに……)
優人や賢人のほうに出ているんだろうか?
最後の一頭を倒し、辺りを見渡す。
いつの間にか、みんなから離れてしまっていたようで、誰の姿も見えない。
薄っすらと犬たちの鳴き声が聞こえてくるのは、まだ賢人たちが戦っているからか。
「マズいな……賢人のところへ戻らないと……」
太刀を収めて駆けだそうとした背中に、殺気を感じて振り返った。
大岩の上から深玖里を見おろしているのは、大きな山犬だ。
「嫌な気配がすると思えば……人間が……よくも我の仲間を……」
「――妖獣か!」
収めた太刀をもう一度、抜き放つ。
強い追い風が吹いた。
妖獣は鼻を上げて何度かスンスンと匂いを嗅いだあと、深玖里に向かって低く唸った。
「おまえ……緋狐の手のものか? それに遠峯の臭いもする」
緋狐と遠峯を知っている?
ふと、以前、新座で駿人と縁と一緒に倒した山犬の妖獣を思い出した。
あの妖獣は、緋狐に負けて山をおろされたようだった。
コイツも、そのクチだろうか?
信濃国から来たのならば、場所によっては光葉も長船も、そう遠くはない。
「ヤツらと懇意にしているおまえから、八つ裂きにしてくれる!」
山犬はそう叫ぶと、深玖里に向かって飛びかかってきた。
十分に引きつけてから、太刀で下から掬い上げた。
斬ったのはつま先だけで、山犬はギャウンと声をあげ、深玖里から離れた。
「八つ裂きにしてやるってのは、コッチのセリフだ!」
すかさず間合いを詰め、深玖里は大きく太刀を振るった。




