第8話 遠江国・山犬の案件
「お待たせ~、遅くなってごめん」
請負所から戻ってきた翔太と優人は地図を手にしていた。
「案件、あったの?」
「うん、古戦場にね、山犬が出ているんだってさ」
「どうやら信濃国から移動してきたらしい」
近くの茶屋に席を取り、地図を広げて翔太と優人が話を始めた。
山犬はどうやら大きな群れで、数は八十を超えるだろうという。
最初は数頭しか確認できていなかったのに、ここ数日でどんどん増えたらしい。
「信濃国から遠江国にきているってことは、これから畿内に行こうとしているのかな?」
「……可能性はあるな」
「八十っていうのも、そのくらい、っていう曖昧な数だからねぇ……もっといると思うよ」
翔太の聞いてきた話では、街道が古戦場に沿っているのもあり、商人が襲われて荷物を奪われているそうだ。
その荷のほとんどが食料で、きっと群れの数が多いせいで食べるものが不足しているんだろう。
「どのくらいいるのかわからないけど、数がいるってことは、仕切っている妖獣がいる可能性もあるよね?」
「そうだな。俺は間違いなくいると思う」
優人は地図を眺めながら、ここから三河国、尾張国、伊勢国や伊賀国を通れば、畿内まですぐだという。
すぐ、といっても、それなりに距離もある。
途中でまた別の群れと合流するのなら、行く先々でもっと被害がでる。
「ここから移動を始める前に、どうにかしないと面倒だよねぇ……」
「なんでよ?」
「山犬たちの足には、俺たちじゃあ追いつけようがないでしょ? まさか畿内まで追っていくワケにも……ねぇ?」
前に足立郡の三沼で、山犬の群れを追いながら倒したことを思い出し、確かに翔太のいう通りだ、と思った。
あのときも追いつけないまま三沼まで行くことになり、賢人と出くわしたんだった。
「依頼、当然、請けてきたのよね?」
「もちろん」
「このまま、ここで宿を取って、夜に備えよう」
「夜まで待つの?」
「この時間だと、まだ街道は人が多いだろう? 結界を張るにしても、万が一のことがあると困ることになる」
万が一……。
その言葉に、深玖里はドキリとした。
ここ最近、結界が破られてしまうことがある。
腕が落ちているとは思えないのに破られてしまうのは、それだけ妖獣が強くなっているということだろうか?
ふと翔太を見ると、妙に神妙な顔つきをしている。
長船山で結界が破られたとき、賢人が翔太や縁も破られることがあるといっていた。
きっと、深玖里のように自分の符術に不安を覚えているんだろう。
「翔太、今回の結界だけどさ、アタシが内を囲うから、アンタ、外を囲ってよ」
「二重に張るの?」
「うん。前に新座で野犬の依頼を請けたとき、縁とそうしたんだよね」
翔太はふと、なにかを思いだしたような表情をして、考え込んだ。
「ねえ? どう?」
「うん……実は俺、少し自分の結界に不安があったんだ。二重に張れるなら、そうしてくれると助かるかな」
「やっぱり? アタシもこのところ、破られるコトが多くてさ、ちょっと不安があるんだよね」
「深玖里ちゃんも? なんなんだろうね? 俺だってそれなりに使えると思っていたからねぇ……破られたときは結構ショックでさぁ……」
箱根では、縁の結界も破られていると翔太はいった。
そのときに、大猪の妖獣がなかなか倒れなかったという。
まだ名もないような若い妖獣が、そんなにも強いんだろうか?
「俺も縁も、そのときに、初めて黒狼を見たんだ」
「初めて? だって櫻龍会って、もう長いことヤツらを追ってるんでしょ? それなのに、初めてなんだ?」
「うん。初代が黒狼の兇を倒してから、現れたのは多分、今回が初めてだと思う」
「へぇ……そうなんだ……」
宿を取るために、賢人と優人が席を外してからも、深玖里は翔太と話を続けていた。
聞きながら、深玖里は知らないことが多いと気づかされた。
いかに自分が狭い世界の中で暮らしていたのかを、思い知らされる。
「アタシ……チョット使えるからって、思いあがっていたのかな……」
「それを言ったら、俺や縁も同じだよ。もう何年もやってきて、自分の符術が破られるなんてさ……思いもしなかった」
「いろいろと、鍛え直さないと、って思うよね? アタシ……やれることはきっと、まだまだあると思う」
「だね。落ち込んでいる暇はない、って、俺も何度も考えるよ」
同じような壁にぶつかっている相手と、こうやって話しているだけでも、俄然、やる気が出てくる。
それは翔太も同じなのか、表情がさっきよりも明るい。
「次の黒狼と遭遇する前に、もっと腕を上げないと……ね?」
「うん、頑張ろう!」
自分に言い聞かせるように翔太は声を張り、自分の太ももを思いきりたたくと、立ちあがった。
通りの向こうに、賢人と優人が戻ってくるのがみえた。
「まだ明るい時間だから、宿はすんなり取れたよ」
「今のうちに眠っておくだろう? その前に今夜の手順だけ決めておこう」
二人に促され、翔太とともに席を立った。




